「このまえ録画した心霊番組の映像が、どうしても消えないんだよ」
夕食時、私が言った。初めに反応したのは妻だった。
「心霊番組って、あの怖かったやつ? 嫌だわ。どうして消えないの?」
「そんなこと、こっちが聞きたいよ。上からほかの番組を録画しても消えないんだよ」
「それって、もしかして霊の仕業?」
「おいおい、妙なことを言うなよ」私が笑った。すると妻が真顔で言う。
「だって、科学では説明できない出来事ってあるのよ。ほら、タケシのクラスメートの山田さんなんかね……」
妻のうわさ話が一段落したところで、私は四人の子供たちを見渡した。高校生の長男と次男は「それがどうした」という顔をしている。三男は「で、どうするの?」と面白がっている。中学生の娘は「いい加減にDVDレコーダーを買えってことじゃないの?」と憎まれ口をたたいた。
それでも全員が不安そうな面持ちをしている。ビデオテープの映像は、消せることが前提だ。テープ背面にある爪を折れば録画も消去もできないが、そんなことは誰でも知っている。となると本物の心霊現象なのかと、少なからず全員が心配しているようだった。
その夜のことだ。深夜二時ごろだった。私がトイレに起きると、居間に人の気配がした。一瞬「泥棒か」と思ったが違った。電灯をつけて盗むものを物色する泥棒なんていない。見るとそれは次男だった。
「何やってんだ?」私が聞く。
「いや、別に」次男が答える。
「別にっておまえ、ビデオテープを探しているように見えるぞ」
「いや、別に」次男はそっけない。
「とか言いながら、実はこれを探しているんだろ?」
私がテレビとは反対の位置にある棚の奥から「心霊映像が消えないビデオテープ」を取り出した。一瞬、次男の顔がこわばった。
「やっぱり、おまえだったのか。テープの前半にしか映像が録画がされてない場合、誰も後ろの方を見ないから安全だと思ったんだろうが、父さんをナメてたな」言いながら私が笑った。そして黙っている次男を見ながら「とりあえず、エッチ映像は消してないから。自分でちゃんと始末しておけよ」そう言って私がテープを渡すと、次男はニヤッと笑った。
次の朝、次男と洗面所で鉢合わせになった。彼は小声で「心霊映像って、本当に消したの?」と言った。私が笑いながら「消してないよ。みんなを驚かせようと思ってな」と言う。すると次男が「僕、心霊部分を消そうとしたけど、やっぱり消えなかったんだ」と昨夜のテープを渡した。
本当に心霊現象なのか、それとも次男の逆襲か。お楽しみは、会社から帰ってからにしておこうと思った。
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