彼女と付き合いだしたころに買った未来カメラ。写したものの未来が見られると、会社に来ていたアルバイト学生から聞いて手に入れたが、しばらく使っていなかった。彼は気まぐれに引出の奥から引っ張り出し、彼女にレンズを向けた。
カメラの背面にある液晶画面には、彼女ではなく五歳くらいの女の子がいた。窓際に立ってじっとこちらを見ている。女の子の後ろ、窓の外にはアジサイの花が咲いていた。
彼女に見せると「何これ。未来カメラじゃなくて、過去カメラじゃないの」と笑った。そういえば、女の子は彼女に似ている。
「もしかしたら、君が産む娘が写ったのかもしれないな」
言いながら彼は、画面の女の子をじっと見た。彼があまりにも真剣に見続けるため、彼女はもう一度見たくなった。彼からカメラを取り、目を輝かせて画面を見る。
「そうね、きっとそうよ」
うれしさがあふれた声だった。
そのころから彼は、人が変わったようにやさしく、積極的になった。もともとやさしい人だったが、それまでに増して彼女を大切にした。デートの回数は増え、プレゼントの数も増えた。数カ月のうちに彼からプロポーズの言葉が出た。彼女はうれしかった。以前は煮え切らない態度だった彼が、自分との結婚を真剣に考えてくれたのだ。でもどうして彼が変わったのかが不思議だった。思い出してみれば彼が未来カメラを持ち出したころに変化があった気がする。カメラに写った女の子。もしあれが彼女が産む子供、つまり彼の娘なら、彼は娘に早く会いたくて結婚を急いだのではないだろうか。そう考えると彼女は、まだ見ぬ娘にほんの少し嫉妬した。しかし三人で仲良く暮らせる日々が来ることを考えるとうれしく、彼のプロポーズを受け入れたのだった。
結婚して一年が過ぎたころ、妻となった彼女が女の子を出産した。娘はすくすくと成長し、やがて幼稚園に入る。そして来年は小学校に入学するというころ、妻が体調をくずした。「大丈夫よ」と言う妻を夫は無理やり病院へ連れて行く。そして下された診断は不治の病だった。
体調は日に日に悪くなっていく。その命がもうすぐ尽きることを本人も分かったのだろう。妻は、最後に娘に会いたいと言った。
病室に入った娘が窓際に立つ。窓の外にアジサイの花が見える。「ママ」と呼びかける娘を見たとき、妻の目がかすかに大きくなった。何かに気付いたのだろう。そして夫に顔を向け、小さく「ありがとう」と言うと、静かに逝ってしまった。
担当医の「ご臨終です」の言葉が遠くで聞こえた。夫は、魂の抜けた妻に向かって静かに語りかけた。
「未来カメラは正確に未来を写していたんだな。君を写したのに娘しか写っていなかったのは、君がいなくなってしまうからだと気付いた。あの映像を見たとき、僕は未来を変えられると思った。絶対に君を死なせないと誓った。でもダメだった」
窓際に立った娘は、母親が死んだことが分からないらしく、ただ立ちすくんでいる。その顔は、未来カメラに写ったあの顔だった。
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