「今、音がしなかったか?」
「した。ドンって……」
俺たちは、動きを止めて耳を澄ました。深夜、四階建てのヨシユキのアパートで、男が二人、固まった。
ヨシユキが言う。
「マサシ、何の音だと思う?」
「部屋の裏の外壁だな。酔っぱらいが体当たりしてるのか?」
「ここは三階だぜ。アパートの北側に大きな木があるんだ。その枝が当たったのかな」
「いや、もっと重いものが当たってるというか……。裏に木があるなら、その枝にロープか何かで吊した重い物がぶつかってるような……」
ヨシユキの顔が青ざめた。
「やめろよマサシ。木の枝からロープでぶら下がってて、かなりの重さがあるものって言えば……。それって、アレじゃないのか?」
「アレって?」
「アレだよ。人がぶら下がっても折れない木の枝にロープをかけて端を輪にしてだな、そこへ首を……」
「お、おい、マジかよ。ここは樹海じゃないんだから」
「やめてほしいのはこっちだ。俺はここに住んでるんだぜ」
「ヨシユキ、外を見てみろよ」
「嫌だ。もしアレがあったら……」
「じゃあ、このまま寝るか?」
「うーん、それも嫌だな」
「じゃあ、見るか」
「二人でな」
俺とヨシユキは、部屋の北側へ行き、恐る恐る小さな窓を開けた。予想に反してそこには何もなかった。
「な、なんだよ、脅かしやがって」
ヨシユキが安堵の声を出す。俺もほっとしながら言う。
「木は、アパートから結構、離れているんだな」
「ほんとだな。これならアレがぶら下がっていても、アパートの壁に当たらないよな」
「確かにそうだな。でも……」俺が言葉を止める。ヨシユキが不安げな顔をこちらへ向ける。
「でも、なんだよ」
「てことは、さっきの音は?」
血の気が引いた。同時に、外で数人がしゃべる声が聞こえた。
「大変なものがぶら下がってるぞ」
「早く下ろさないとまずいんじゃないのか? 警察を呼ぶか?」
「風で揺れて、アパートの壁にぶつかってるぞ」
聞くうちに、俺たちの鼓動はどんどん速くなる。そんなはずはない。アレがぶら下がっていないことは、今、確認したばかりだ。
また「ドン」と音がした。
「てことは、どこかの窓の手すりから、アレがぶら下がって……」
言いながら俺は、自分の足が震え出すのを感じていた。やばい。すぐそばに冷たくなったアレがいる。
上の階から声がした。
「すみません、すぐにしまいますから」男の声だ。外に向かってしゃべっているらしい。続いて家の中に向かって言う。
「ダイエット器具の買いすぎで怒られたからって、こんなところにダンベルをぶら下げるんじゃないよ。ご近所さんが驚いてるじゃないか」
「だって……」
夫婦らしい男女の会話を聞き、一気に体の力が抜けた俺たちだった。
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