「またこんなところで寝ている……」
廊下で横になっている人を見て、コウジがつぶやいた。
最近、こんなことが続く。コウジの「仕事」からすればラッキーだが、それにしても薄気味悪い。まるで自分が家に侵入すると同時に、家人が寝入ってしまうように思える。
自分がザントマンになった気がした。ザントマンはドイツで語り継がれている妖精で、背負った袋から砂を出して人々の目に投げ入れる。すると誰もが眠ってしまうのだ。
一仕事を終えて「同僚」に話す。彼は「俺たち泥棒の稼業にはもってこいだ」と笑った。
確かに仕事はしやすいが、気分が悪い。侵入した家で「盗んでください」とばかりに寝入られては、やる気が失せる。泥棒のプライドが許さない。
そんな日々が続いたある寒い日のことだった。冬至も過ぎ、一年で一番夜が長いころ。コウジにとっては願ってもない時期だ。
今日のカモは、最近建ったばかりの家。下調べはちゃんとしてある。ブロック塀からひさしに乗り、二階のベランダへ上がる。窓ガラスの一部を切り取り、カギをあけ、侵入した。
誰もいない部屋から廊下に出る。そこに四十歳前後の男が眠っていた。「まただ」と思ったが、気にせずに隣の部屋へ行く。
子供部屋だった。寝顔のかわいい子がベッドで横になっていた。小学校三年生くらいだろうか。自分にもこんな時期があったなと、コウジがやさしい気持ちになった。
そのとき、突然、コウジの右手に妙な感触があった。見ると、何も持っていなかった手に、きれいな包装紙に包まれた箱があった。
「な、なんだ、これは」
驚くコウジ。ところが不思議なことに、コウジはその包みを子供の枕元に置いたのだった。どうして自分がそんなことをするのか全く分からない。
結局、何も盗まずに外へ出た。
住宅地から繁華街へ出ると、店頭のイルミネーションが点滅していた。ツリーがあり、てっぺんに金色の星が見える。「ああ、今日はクリスマスイブか」コウジが独り言を口にした。
*
「よし、これで日本の要員をまた一人確保できた」
コンピュータの前で白ひげの男が言った。それに答えるように、赤い帽子をかぶった男が言う。
「それにしても、どうして泥棒をわれわれの要員にするのかねえ」
言われて白ひげが答える。
「われわれの仕事は、夜に行うから、それに慣れている人物が適格なんだろうな」
「でも泥棒だぜ? いくらなんでも、あんなヤツらに……」
「さっきのコウジって男は、これで泥棒稼業から足を洗える。そう思えば、立派な社会貢献とも言えるだろう」
「なるほどね」
白ひげがコンピュータを操作して、コウジが映った画面を閉じると、システムの初期画面になった。そこには大きなソリと、それを引く八頭のトナカイの映像があった。
世界中の子供たちに一晩でプレゼントを配るためには、膨大な数のサンタクロースが必要だ。国際サンタクロース機構は、そのための有望な人材を開発しているのだった。
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