立花マサシは、夕暮れの公園で別れ話を始めた。付き合いだして二年。横山ミチコとの関係をそろそろ終わりにしたかった。新しい彼女も見つかったことだし……。いつも自分勝手なマサシだった。
「実は、俺の知り合いに、超能力者がいるんだ」
「へー」ミチコの返事は軽い。
「信じてないな? まあしょうがないけど、本当なんだ。彼は透視能力を手に入れた。しかし誰と会っても、相手を見分けられない。彼が人を見ると、いつもガイコツだからだ」
「へー、そうなの」
「もう一人。テレパシーを手に入れた女の子もいる。彼女は大好きだった彼と別れた。彼の心の動きが手に取るように分かるため、とても一緒にいられなかったのだそうだ」
「なるほどねえ」
「実は俺も……。俺も恐ろしい力を手に入れてしまったんだ」
「え? あなたも? どんな力?」
「なんでも燃やしてしまう炎を出す力だ。この力がついてから、俺は誰ともふれあうことができなくなった。このままだと、君に大ケガを負わせることになると思う。気持ちが高ぶると、能力を抑えられなくなるんだ。そうでなくても、いつも小さな火が俺の体から見え隠れしている」
言いながらマサシは右手を出した。指の隙間から、小さな炎がチラチラと見えている。
「今はこれくらいですんでいるけど、急に大きな火になることがある。自分ではコントロールできないんだ。俺は超能力を身につけたものの、映画やマンガに出てくるヒーローとは違う。単に、体から火が出る男になっただけなんだよ」
マサシが迫真の演技を見せる。手から火を出す方法は、知り合いのマジシャンから聞いた。結構うまくいった気がする。でも、そもそも「超能力者になりました」なんて話がウソくさい。別れ話としては適切ではなかったかもしれない。しかしマサシは「こんなウソくさい話をするくらい、俺が別れたがっていると思ってくれればいい」と、自分勝手な解釈をしていた。
ミチコは黙っていた。マサシの本心が分からなかった。しかし自分の気持ちは決まっている。
静かに言った。
「超能力者は、ふつうの生活をしてはいけないの? ふつうに恋をしてはいけないの?」
真剣な眼差しだった。マサシは「まずい」と思った。自分の策略がミチコの母性本能をくすぐり、同情されてしまったかも……。これでは逆効果だ。
しかしそうではなかった。ミチコは憂いを含んだ目で語り出した。
「大丈夫よ。あなたが火を出せる体になったのなら、それはずっと私と共に生きていく宿命だということ。あなたが火を出したとき、私が……」
言いながらミチコが、マサシの頬にやさしくふれた。その手はとても冷たく、湿っぽかった。よく見ると手の周囲に、うっすらと水の膜がある。
「えっ?」
マサシが小さな声を出した。気にせず、さらに近づいてくるミチコ。その顔も腕も足も、すべてが水で包まれている。そしてミチコが言った。
「私の能力は水を出すことなの。だから、大丈夫よ……」
読みもののページ
ショートストーリーを中心に、しょーもないコラム、Mac系コンピューター関連の思いつきつぶやきなど、さまざまな「読み物」を掲載しています。
20世紀に書いたものもあり、かなり古い内容も含まれますが、以前のまま掲載しています。
Copyright Masaru Inagaki All Rights Reserved. (Since 1998)