友達の新築パーティーに呼ばれた浜島夫妻は、午後十一時過ぎに家へ戻ってきた。
「遅くなったわね。子供たちが心配」車を車庫に入れながら、妻の美智子が言う。
「大丈夫さ。健司が面倒見ててくれるよ。なんたってもう、中学一年なんだから」ほろ酔い気分の夫、昌樹が言う。
美智子が玄関のカギを開けて中に入る。
リビングをのぞく。蛍光灯がこうこうとついているが、誰もいない。不安に駆られた美智子が二階へ上がる。長男の部屋のドアを開ける。健司はベッドの掛け布団の上で眠っていた。
「健司、健司ったら。もう、こんなところでうたた寝しちゃ、風邪をひくわよ」
母親に起こされて健司が目を覚ます。
続いて美智子は、隣の部屋へ向かう。小学二年生の次男、大輔の部屋だ。ドアを開けながら言う。
「大輔? 大ちゃん? お母さん、帰ってきたわよ」
返事がない。部屋の電灯はついているが、主の姿はどこにもない。寒い。ベランダに続く窓が少しだけ開いているのだ。窓から外を見たが、誰もいない。ベッドをのぞく。そこにもいない。そのとき美智子は、妙なことに気づいた。ベッドの上に敷き布団がないのだ。そして大輔もいない。さらにベランダの窓が開いていた。それはまるで、大輔を布団にくるんで、誰かが連れ去ったかのようだった。
「あなた! あなた!」
美智子が大声を上げながら階段を下りる。何事かと夫の昌樹が目を見開く。
「大変よ。大輔がいないの。布団もないの」
「一体、何を言っているんだ。もっと分かるように説明しろよ」
夫に言われ、美智子は、今見てきたままを伝えた。布団ごと大輔が連れ去られたのではないかという不安も含めて。
「妙だな。とにかく捜してみよう」
夫に言われ、二人で大輔を捜す。
リビングにはいない。台所にもいない。洗面所にもいない。
「あっ」美智子が短い声を出す。
「どうしたんだ?」
「あれ…」
美智子が指さす先を見る。洗面所にある小さなタンスの引き出しが、引っ張り出されていた。中のものが床に散乱している。
「泥棒?」夫が言う。
美智子は、ますます不安になってきた。
廊下に出た。突き当たりには、座布団がしまってある押入があるが、その戸が開いているのだ。中の座布団が外に出ている。
「あなた…」美智子が青くなる。
「まずいな。本当に泥棒が入ったのかも」
「でもリビングは荒らされてないわ。通帳や印鑑の場所も大丈夫。ということは…」
「ということは、金目のものが見つけられずに怒った泥棒が…」
「泥棒が?」
「大輔を…」
「えっ? まさか、そんなこと」
美智子が真っ青になる。こんなことなら、リビングの机の上に、千円札を二、三枚置いておくんだった。そしたら泥棒は、それだけ取って逃げたのだろうに。まさか大輔が誘拐されたなんて…。美智子は頭を抱えて、その場に崩れ落ちた。
「とにかく捜すんだ」夫が言う。「お前は警察に電話だ。俺は近くを捜してみる」
言われた美智子は「警察って一一七だっけ?」と訳の分からないことを言い出す。頭が混乱しているのだ。
妻をおいて、夫の昌樹が動く。
ベランダの窓が開いていたと言っても、二階から逃げたとは考えにくい。また玄関には確かにカギがかかっていた。となれば、怪しいのは一階の勝手口だ。昌樹は台所の横にある勝手口に走り寄る。
ドアノブに手を掛けたとき、何かが聞こえた。小型の掃除機でも動いているようなファンの音がする。
「誰だ! 誰かいるのか!」
昌樹が言うと音が止まった。そこは台所の奥にある納戸。おそるおそる引き戸を開けると、中に大輔がいた。
「大輔、ここにいたのか。心配したぞ」
父親に見つかった大輔は、目にいっぱい涙を溜めていた。手にはヘヤードライヤー。ファンの音はこれだったのだ。床には大輔の布団がある。わが子と布団、そしてドライヤーをかわるがわる見る父親。
大輔が言う。
「だって僕、全然、気が付かなかったんだ。だから…。でもやちゃったから、ベランダに出そうと思ったけど、雨が降ってきて…。廊下の押入に隠そうと思ったけど、きっと見つかると思って…。だからドライヤーを使ってなんとかしようと思って…」
大輔は、涙で顔をぐちょぐちょにして一生懸命言い訳をする。そして父親は、大輔の布団が世界地図のような模様で濡れているのを確認したのだった。
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