外庭の掃除は嫌いだ。冬は寒いし、夏は暑い。秋は枯れ葉が多いし、春は風が強い。ろくなことはない。僕は、廊下でほうきを持って無駄話をしている同級生を羨みながら、裏門の辺りを竹ぼうきではきだした。
が、この日はラッキーだった。外庭の掃除も悪くないと思った。
体育館から運び出された折りたたみイスが、台車に積み上げられてやってきた。そいつは僕に「ちょっとこれ、見ててくれよ」と言った。B組のヤツだ。「見てるだけならいいさ」と答えた。実際僕は、そこから離れられなくなったのだから。
B組のヤツが行ってしまうと、裏門の外で、華やいだ声がした。見ると、杉淑女学園の生徒が束になって歩いてくる。十人はいる。セーラーカラーの制服は、ちょっとかわいい。
彼女らは近づいてくる。僕はまだそこにいた。十人ほどの女の子が裏門を過ぎようとしたとき、一台のダンプカーが通りかかった。地面がかすかに振動した。彼女たちは「キャッ」と口々に言いながら、道路の脇へ退避した。そのとき積み上げられたイスが、音を立てて崩れ落ちた。
ダンプに「キャッ」と言った女の子たちは、今度はイスの山の崩壊に「キャッ」と言った。そして僕を見た。僕は相変わらずその場に立ったままだった。
一人の女の子が言った。
「信じられない」
別の子も言った。
「ほんと、信じられない。そばで見ててナンにもしないなんて」
杉淑生たちは、口々に僕を非難した。僕は何も言えずに、ただ立っていた。本当は逃げ出したかった。しかしそうはいかない。今は、ここを離れるわけにはいかないんだ。
冷たい視線の女の子たちが行ってしまうと、反対側から小学生がやってきた。五人の坊主で、同じように黒いランドセルを背負っている。一人が、僕の前で立ち止まった。詰め襟の学生服がそんなに珍しいのかと、軽くにらんでやる。すると小学生は、ニヤニヤしながら言った。
「おにーさん、犬のウンチ踏んでるよ」
「えっ!」
右足を見ると確かに黒い物体がある。しかしそれは朽ち果てた松の木の枝だった。この野郎と小学生を見ると、
「んじゃ、そーいうことでー」とクレヨンしんちゃんになって走り去った。
どいつもこいつも、僕がここにいるだけで、どうしてこうなんだ。
さっきから僕は、早く人目がなくなるのを待っていた。女子高生にも小学生にも会いたくはない。一人になりたいんだ。でもこんなときに限って、一人になれない。人生ってうまくいかないもんだなー。
次に現れたのは、同級生だった。茶髪の三人は、上着の内ポケットに手を入れたまま僕の近くまで来ると、門の影で頭を寄せ合った。
一人が僕を見た。
「お前もやるか?」
内ポケットからラークと使い捨てライターを出して言った。僕は首を横に振った。もう一人が、不満そうな目で僕を見る。一緒にやらないなら、あっちへ行けと言いたそうだ。そういうわけにはいかない。
三人は、丸く固まってラークを吸っている。僕は黙ってそれを見ていた。
一本目がなくなるころ、一人が僕の方へ目を向けた。その目が次第に大きくなる。あとの二人にひじで合図をする。
すぐに僕の後ろから声がした。
「お前ら、何やっとるんだ。ちょっと職員室までこい!」
担任の声だ。僕は、一緒にラークを手にしていなくてよかったと思った。しかし担任は、僕も共犯と思ったらしい。
「何そこで、突っ立っているんだ。お前も来い」
僕は反論する。
「で、でも先生、僕は吸ってませんでした」
「吸ってたのを黙って見てたんだろ。とにかく来い」
僕は、行きたくなかった。ここから離れるわけにはいかないんだ。人目がなくなるまで、とにかくここにいたい。しかし今となっては、そうもいかない。担任の目は、仁王像のようにつり上がっている。僕は観念した。
今日はラッキーだと思ったのに、全く反対だった。杉淑の生徒には非難されるし、小学生にはからかわれる。揚げ句の果てには職員室へ呼び出しだ。
僕はしかたなく歩きだした。まず右足を動かす。次に左足を動かすと、半分土の中に埋まった五百円玉が鈍い光を放つのが見えた。
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