Reading Page

 
ミニストーリー
マイタウン安城 (11)
ビールがうまい
稲垣 優

 夕方、ビールの買い置きがなくなったことに気づいた。九月とはいえ、まだ暑い。夕食の食卓にビールがないのはなんとも悲しいので、財布を持って外へ出た。

 近所に酒屋がある。行ったことのない店だが、そんなことはどうでもいい。私は自動扉のマットの上に乗った。

 中に入ると、スポーツ新聞が見えた。その向こうから、「いらっしゃい」とぶっきらぼうな声がした。

「△△△ビールをください」

 私が言うと、スポーツ新聞が乱暴にたたまれ、ハゲ頭のオヤジが顔を出した。苦虫をかみつぶしたような顔だ。

「△△△ビールはないよ」オヤジが言った。「あんまり売れないんでね」

 残念だった。半ば予想していた答えだったが……。私はオヤジに言った。

「残念だなあ。△△△ビールが一番うまいのに。私が買うから入れておいてよ」

 するとオヤジの表情が変わった。しげしげと私の顔を見ながら言った。

「あんた、この辺の人かい?」

「そうですよ。まだ引っ越してきたばかりだけど」

「△△△ビールが、そんなに好きなのかい?」

「もう大好き。あれ以外は飲みたくないですね」

「気に入った!」

 そう叫ぶとオヤジは、店の奥へ入っていった。しばらくすると右手に△△△ビールを持って出てきた。

「こいつは今日の晩酌用だが、あんたにやるよ」

 オヤジが私を見る。私もオヤジを見る。二人が同時にニヤッとした。私が言う。

「一緒に飲みましょうか」

 オヤジは、うれしそうにうなずいた。

 ぶっきらぼうなオヤジに気軽に話しかけて、本当によかった。この日の△△△ビールは、ことのほかうまかった。

copyright : Masaru Inagaki (『風車』39号掲載 1991.8.9執筆)

読みもののページ

ショートストーリーを中心に、しょーもないコラム、Mac系コンピューター関連の思いつきつぶやきなど、さまざまな「読み物」を掲載しています。
20世紀に書いたものもあり、かなり古い内容も含まれますが、以前のまま掲載しています。