夕方、ビールの買い置きがなくなったことに気づいた。九月とはいえ、まだ暑い。夕食の食卓にビールがないのはなんとも悲しいので、財布を持って外へ出た。
近所に酒屋がある。行ったことのない店だが、そんなことはどうでもいい。私は自動扉のマットの上に乗った。
中に入ると、スポーツ新聞が見えた。その向こうから、「いらっしゃい」とぶっきらぼうな声がした。
「△△△ビールをください」
私が言うと、スポーツ新聞が乱暴にたたまれ、ハゲ頭のオヤジが顔を出した。苦虫をかみつぶしたような顔だ。
「△△△ビールはないよ」オヤジが言った。「あんまり売れないんでね」
残念だった。半ば予想していた答えだったが……。私はオヤジに言った。
「残念だなあ。△△△ビールが一番うまいのに。私が買うから入れておいてよ」
するとオヤジの表情が変わった。しげしげと私の顔を見ながら言った。
「あんた、この辺の人かい?」
「そうですよ。まだ引っ越してきたばかりだけど」
「△△△ビールが、そんなに好きなのかい?」
「もう大好き。あれ以外は飲みたくないですね」
「気に入った!」
そう叫ぶとオヤジは、店の奥へ入っていった。しばらくすると右手に△△△ビールを持って出てきた。
「こいつは今日の晩酌用だが、あんたにやるよ」
オヤジが私を見る。私もオヤジを見る。二人が同時にニヤッとした。私が言う。
「一緒に飲みましょうか」
オヤジは、うれしそうにうなずいた。
ぶっきらぼうなオヤジに気軽に話しかけて、本当によかった。この日の△△△ビールは、ことのほかうまかった。
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