そろそろ夕方という時間、私は一人で田んぼのあぜ道を歩いていた。六月の初めに、田植えをしていた肝っ玉母さんと出会った辺りだ。苗はずいぶん大きくなり、六月のころの弱々しさは全くない。
男の子が何かをしていた。息子と同じぐらいの年齢だ。赤いTシャツが大きく揺れている。
近づく。その子は、小石を田んぼに投げ込んでいた。私は小走りで近寄った。男の子がまないたほどもある木切れを田んぼにほうり込む前に、声をかけることができた。
「こら、そんなことをしたらダメじゃないか」
男の子はびっくりしてこちらを見た。そして私の顔をチラッと見ると、すぐに私の後部をうかがった。視線に気づいた私が振り向く。そこには私と同年配の男性がたたずんでいた。
男の子は、その男性を見て「父さん」と言った。それっきり、だれも口を開かなかった。男の子とその父親と私。三人は、まるで貝のように黙りこくっていた。
どれくらい時間がたっただろうか。とうとう男の子が口を開いた。
「そうさ、僕が悪いんだよ。田んぼに石を投げ込んでたんだから!」
それは乱暴な言葉だった。それでも反省の心が感じられる言葉だった。
それを聞いた父親が、フッと表情を和らげた。私もつられて、かすかにほほ笑む。父親は私に向かって言った。
「近ごろでは、よその家の子をしかれない大人が多いもんですなあ」
私は、それまで以上にほほ笑んだ。歯が見えていたかもしれない。父親も満面に笑みをたたえていた。
安城の人の輪は、私をやさしく包んでくれるようだ。
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