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ミニストーリー
マイタウン安城 (2)
帰巣本能?
稲垣 優

 ゆとりの街に引っ越してきたのはいいのだが、一つ困ったことが起きた。道が分からないのだ。

 ある日曜日のことだ。久しぶりに家族四人で外食をしようと思い出掛けた。適当に行けばどこかの店にぶつかるだろうと、いい加減に車を走らせた。それがいけなかった。わが家の車は、十年選手のポンコツカー。だからあまり遠くまで行く気になれず、途中でグイッと曲がる。するともう、どこを走っているのか分からなくなってしまう。

「父さん、また同じ所へきちゃったじゃないか」

 息子が膨れっ面をする。ふと見ると、見覚えのある建物が見えた。

「おお、これは確か――」

 私が言いかけると、妻と息子が声をそろえて言った。

「市役所だよ。今日はこれで三回目」

 そうかそうか、だから見覚えのある建物だったんだな。どうやら私は、どこを走っても市役所へ戻ってしまうらしい。あるときはJRらしい線路の下をくぐったし、あるときは「更生病院」と書かれた看板の前を通った。またあるときは安城警察署らしい建物の前を通った。しかし、結局は市役所の前へきてしまうのである。

「まるでハトね。そういうのって帰巣本能って言うんじゃないの?」

 妻が皮肉っぽく言った。自宅以外で初めて行った所が市役所だったせいだろうか。

 そこで、私は決心した。市内を探険してやろうと。どうせ市役所に戻るんだ。それなら自分の足で安城市内を踏破してやる! よし、今度の休みは、西へ行ってみよう。

copyright : Masaru Inagaki (『風車』30号掲載 1990.11.18執筆)

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