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ミニストーリー
地球人(1)
稲垣 優

「最近よく、星が砕ける夢を見るんだ」

 昼休み、会社の食堂でカレーを食べ終えた山野孝義が言った。隣で五目うどんの汁を飲んでいた磯谷真二が、丼の中を見たままで言う。

「星ってどんな?」

「なんていう星だか分かんないけど、目の前で惑星が大爆発するんだ。地球みたいな青い星なんだ」

「そうか…」

 磯谷は、丼に残った最後のうどんを箸でつまむと、ゆっくり口に入れた。箸を置く。一つため息をつき、胸のポケットに入れてあったメガネを出してかける。磯谷は、うどんを食べるとき、いつもメガネを外すのだった。

「お前、とうとう来たか…」

「とうとうって?」

 山野が心配そうに聞く。磯谷は何かを知っているようだ。

「いいか、よく聞けよ」体を山野の方へ向けながら、磯谷がゆっくり話しだす。「もう何年も前の話なんだが、ある日、この地球にエイリアンが降り立ったんだ」

「エイリアン? それって宇宙人のことかよ」

「まあそうだ。地球人から見れば宇宙人だ。そいつらは、途方もない数だった。それまでいた地球人の数と比べれば、とにかくめちゃくちゃ多かったんだ」

「そんなにたくさんのエイリアンが来たんなら、少しくらい残っててもよさそうなものだけど」

「まあ聞け。彼らは故郷を捨てて地球に来た。そして地球に永住することにしたんだ。だけど地球には、ほんのわずかとはいえ先住民がいた。そこで彼らは考えた。侵略は先住民の反感を買う。だから…。彼らは自分たち自身を地球に同化させたんだ」

「同化した? 地球と一体になったってことか?」

「まあそうとも言える。しかし実際は、もっと確実な方法だったんだよ。彼らは地球人になったんだ。身も心も」

「どういうことなんだ?」

「まず自分たちの記憶をすべて捨てる。そして一人ひとりに過去を作り上げた。地球に来る前から地球人だったかのように思わせる過去を。乗ってきた母船にあったある機械を使ったそうだ。人間は思い出があるから自分を認識できる。思い出が変われば、別の人間になることができる。彼らはそうしたんだ」

 山野は聞きながら、妙な気分になってきた。

「ちょっと待てよ。てことは、エイリアンは自分の記憶を捨てた上で地球人としての記憶を作り出し、そのまま地球人として暮らすことにしたってわけか?」

「そうさ」

「もしそれが本当なら、自分がエイリアンだったと覚えている人は、だれもいないことになる。てことは、エイリアンが来なかったことと同じようなものじゃないのか」

「まあ、そういう考え方もできるが、そんなに簡単じゃないんだ。先住民がいたからな。ごく少量だけど。彼らは自分たちの記憶を持っている。エイリアン自身が自分の記憶を捨てても、先住民の思い出は、少しも変わらない。つまり先住民は、だれがエイリアンなのか知っているのさ、今も…」

「う~ん、面白い話だけど、それが俺の夢とどう関係するんだい?」

「彼らは、故郷を捨てて地球へ来た。それは故郷が嫌になったからじゃないそうだ。彼らの星が砕け散ることが分かったから、その前に逃げ出したという話だ」

「てことは…」山野の表情が曇った。

 磯谷は、優しい面もちで続ける。

「心配することはない。お前だけが『それ』だったんじゃないんだから。この会社の中で『それ』じゃなかったのは、そうだなあ、俺くらいのものさ。だから気にすることはない。なんと言ってもお前は、多数派なんだから」

 磯谷の言葉を聞きながら、山野は、遠い記憶が少しずつ蘇ってくるのを感じていた。同時に『それ』でなかった磯谷が、これまでどんな気持ちで暮らしていたのかを考えると、泣きたいような切ない気分になるのだった。

「磯谷、お前…」

「いいさ。それ以上言うな。お前たちのおかげで地球は救われた。そしてお前たちが地球人になった。それだけのことだ。俺は今でも感謝しているんだ」

 磯谷は、かすかに笑っていた。しかし山野には、笑っているように見えなかった。口と目の形が「笑い」を作ってはいるが、磯谷の表情は、少しも喜びを伴っていない。そこには過去への憧憬と哀れみがあった。

 テーブルへ向き直ると、磯谷は丼の上に置いた箸をもう一度取る。わずかに残った汁の中に、二本の箸を入れ、静かにかき回しだした。汁は、残り物となった鰹節と一緒に、ゆっくり踊りだしていた。

copyright : Masaru Inagaki(1999.1.29)

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