「私が六月生まれだってことに感謝してよ」
休日、出掛けに化粧をしながら、鏡の中の妻が言った。
六月の誕生石はパール。妻の言によれば、「安くて大きい宝石」だ。だから「感謝してよ」なのだ。もちろん高価なパールも少なくないだろうが、宝石に興味のない私にはどうでもいい。ただ「ダイヤなんかよりずっと安いんだから」という言葉は効いた。「そんなら、もう一つ買えばいい」と、口を滑らせてしまったぐらいだ。
妻のおしゃべりは終わらない。「安くて大きい」だけでパールを欲しがるのでは、自尊心が許さないらしい。
「パールって万能なのよ。どんなときだって使えるわ。結婚披露宴に豪華なネックレスを付けて行けば、華やかになること間違いなしよ。それでいて上品なのよね。清楚っていうのかしら。それに、お葬式にだって使えるのよ。地味なネックレスは、ご遺族への涙を感じさせるでしょ。そうそう、和服にも合うんだから。指輪はもちろん、パールの帯留と着物のバランスって素敵なのよ」
「清楚で上品になるってわけかい?」
「そう、あなた分かってるじゃない」
私の賛同の言葉は、妻を有頂天にした。
メイクを終え、仕上げにパールのネックレスをうなじに掛ける。「よしっ」の掛け声とともに鏡の中から立ち上がる。
玄関でドアを開け、私を促す妻。さわやかな外気がゆっくり流れ込み、頬をくすぐる。胸元に輝くパールたちは、なめらかな曲線を誇りながら、美しい乳白色を見せる。こんな風景の中では、妻がほんの少し、きれいに見える。一瞬ではあるものの、いつもの妻とは懸け離れた「清楚と上品」を感じる。
どうやら私は、妻が六月生まれだということに、感謝しなければならないようだ。
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