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ミニストーリー
エンドレステープ
稲垣 優

「八時なら八時って、ちゃんと言えよな。なんだって二十時なんて言い方するんだよ」

 僕は、苛立っていた。

 大好きな麻雀に誘われたので、いそいそとやって来たのに、メンバーがそろうのは午後八時だという。今は午後二時。召集係で場所提供者の飯田は、僕に「二十時に集合」と言ったらしい。それを僕は、二時と聞いてしまったのだ。

 飯田は「まあいいじゃないか」と僕をなだめ、「今日は暇なんだろう?」と言った。

「そりゃあ、予定はないさ。二時から麻雀だと思ってたんだからな」ふてくされた声で僕が言う。

「そんならゆっくりしていけよ」

「しかたねえなあ」

 僕は観念した。ほかの二人が来るまで、まだ六時間あるが、だれもいないアパートに帰っても仕方がない。飯田の部屋でごろごろすることにした。

 コーヒーカップを二つ机に置くと、飯田はカセットデッキににテープを入れた。すぐに音が出る。聞き覚えのある曲だ。そうだ。ビートルズの《イエスタデー》だ。CDどころか、ラジオも聞かない僕でも知っている。ポピュラーと言うより、もはやスタンダードと言えるんじゃないだろうか。

 時間は、なかなか過ぎなかった。雑誌をペラペラめくってみたり、窓から外を見てみたりと、考えられることは何でもやった。飯田の部屋にはテレビがない。だらだらとした時間を過ごすには、あまりにも不都合な部屋だった。

 そのうち、飯田が麻雀パイを全部出して、裏返しにしだす。何をやるのかと見ていると飯田が言った。

「神経衰弱をやろう」

「えっ、パイでか?」

 なんと、トランプのゲーム《神経衰弱》を麻雀パイでやるとは……。しかし時間つぶしにはいい。僕は、その気になった。

 気が付くと、外は暗くなっていた。もう七時を回っている。《神経衰弱》で、神経を衰弱させている間に、時はどんどん過ぎ去っていったようだ。

 飯田の出してくれたカップラーメンを食べながら、僕は突然、妙なことに気が付いた。僕がこの部屋に来たとき、飯田はカセットをデッキにかけた。それから飯田も僕も、カセットデッキに触れていない。なのに、テープは回り続け、音楽も鳴り続けている。あれから五時間以上も過ぎているというのに……。カセットのA面とB面を自動的に反転させるオートリバースという装置があるのは、僕でも知っている。でもあれは、A面が終わったところでテープの回転を逆にして、B面を再生させるというもののはずだ。だから反転のときに、カシャと音が出る。僕はそんな音を一度も聞いていない。奇妙だ。

 飯田に話すと、彼は平然とした顔でこう言った。

「これ、エンドレステープなんだ」

「エンドレステープって、テープの初めと終わりが、くっついてるヤツかよ」

「うん」

 それなら、オートリバースの音がないのは分かる。でも奇妙なことは、それだけじゃない。僕は午後二時に聞いた《イエスタデー》を一度しか聞いていないんだ。飯田の言うエンドレステープなら、いつかは同じ曲が流れるはずだ。五時間以上の録音時間を持つカセットテープなんて、聞いたことがない。

 こんな僕の疑問に、飯田はいとも簡単に答えを出した。

「このテープは、そういうエンドレステープじゃないんだ。本当のエンドレステープなんだ」

「だから本当のエンドレステープってのは、テープの初めと終わりがくっついていて、いつまでも回るテープなんだから、いつかは初めに戻るわけで……」

 言いながら僕は、不思議な気分になってきた。それは、飯田の表情があまりにも普通だったからかもしれない。彼は、異常なほど普通の表情をしていた。

 部屋のドアが開いた。

「もう来てんのか。早いじゃないか」いつもの麻雀メンバー、鈴木だ。座りながら言う。「何だよ、しけた顔してんな」

 こちらを向いたので、僕が応える。そしてエンドレステープの話をしてやった。すると鈴木は、大声で笑いだした。

「何だよ、鈴木」僕が言う。

「ごめんごめん、笑ったりして。おまえも引っ掛かったのか。そうかそうか」

「何のことだよ」

「それな、飯田の趣味なんだ」

「それって、エンドレステープのことかよ」

「そうそう」

 鈴木によれば、カセットデッキに入っているのは、ごく普通のエンドレステープだとか。ただし、何も録音されていないものだ。テープから流れていると思っていた曲は、実は有線放送の音だという。

「飯田は悪趣味なんだよ。相手がいつ、変に思いだすかを楽しんでるんだ。な、飯田」

 鈴木が飯田のほうを向く。飯田はそれに応えて、フフフと笑った。

 鈴木がトイレに立った。そのとき、僕はほんのちょっとめまいを感じた。一瞬辺りが暗くなったが、すぐに持ち直した。

 目の前には飯田が座っていた。それを見て僕が言う。

「八時なら八時って、ちゃんと言えよな。なんだって二十時なんて言い方するんだよ」

 すると飯田は「まあいいじゃないか」と言い、「今日は暇なんだろう」と言った。

「そりゃあ、予定はないさ。二時から麻雀だと思ってたんだからな」ふてくされた声で僕が言う。

「そんならゆっくりしていけよ」

「しかたねえなあ」

 僕は観念した。

 飯田がコーヒーカップを机に置き、カセットテープをデッキに入れた。すぐに音が流れだした。CDどころか、ラジオも聞かない僕でも知っている《イエスタデー》だ。

 ちょ、ちょっと待てよ。これって、どこかで見た気がする。いや、これと同じことを体験した記憶がある。デジャビュだろうか。

 不思議な気分になって、飯田を見ると、彼はごく普通の表情でこう言った。

「これ、エンドレステープなんだ」

(終)

copyright : Masaru Inagaki(1992.2.27)

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