夏の暑い午後、友人が玄関先にいた。玄関扉と敷地の境界にあるフェンスとの間は三メートルほど。その中間あたりの土の上に、彼はいた。
友人とは中学からの付き合いだった。社会に出て数年後、彼は小さなデザイン会社を立ち上げた。仕事は順調だったが、ある取引先の倒産がきっかけとなり、仕事量が激減。その後の営業努力もむなしく、困窮した日々が続いたと聞いている。私のところへ金を借りに来たこともあった。友達に借金なんてしたくなかっただろうが、それほど暮らしに困っていたのだ。私は、少額ではあったが幾ばくかの金を用立てた。
「すまん。来月まとまった金が入るんだ。そのとき必ず返すから」
彼はそう言って笑みを浮かべた。それから短くはない月日が流れたが、金が戻ることはなかった。
彼が玄関先に立っていたのは、それから三年の月日がたったころだった。仕事がうまくいって金を返しに来てくれたのかと思ったが、様子がおかしい。彼は片足で立ち、右手を挙げ、その二の腕に頬を押しつけているのだ。左手は胸にあった。レースのカーテン越しに見える姿が奇妙だったため、私は慌てて玄関へ行って扉を開けた。しかし誰もおらず、いつもの狭い通路があるだけだった。
それから半年が過ぎた冬の日のことだ。その日は雪が降っていた。雪を見るのは数年ぶりだった。
朝起きて、居間の窓から外を見たとき、妙なことに気がついた。雪は明け方から降り始めたらしく、一面が銀世界だった。わが家の小さな庭にも二センチほど積もっている。ところが一カ所だけ積もらない場所があった。玄関先の地面の一部だ。横長のカレー皿を置いたくらいの大きさで土が見えている。
奇妙だった。上着を羽織り、玄関から出て、件の場所に目をやる。それは足跡だった。大人の靴の形に土が見えている。ただし片足だけだ。
突然、半年前の光景が脳裏に浮かんだ。そこは、夏の暑い日に友人が右手を挙げて片足立ちをしていた場所なのである。そこだけ雪が積もらないということは、見えない何かがあるのだろう。もしかしたら友人がいるのかもしれないと思った。
居間へ戻り電話を持つ。借金のことがあってからは連絡が取りにくく、この三年間、一度もかけていなかった友人宅の番号へかける。
奥さんが出た。彼女は友人が半年前に亡くなったと告げた。事業の失敗を苦にしてか、自分が死んでも友達には知らせるなといつも言っていたと、声を詰まらせながら話してくれた。
友人は心筋梗塞だったそうだ。当時の様子を聞くと、右手をあげ、頬を押しつけるような姿勢で亡くなっていたという。片足の膝は曲がっていたとも聞いた。
友人が奇妙な姿勢でわが家の玄関先に立ったとき、彼はすでに亡くなっていたのだろう。彼の思いは、それからずっと玄関先にとどまっていたのだ。私は不憫で仕方がなかった。「金なんかどうでもいいんだ。死んでまで気にかけることはないのに」そう独り言をつぶやいた。
一度やんだ雪は、翌日また降りだした。玄関先の足跡は、雪に埋もれて見えなくなっていた。
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