「美咲、そのシャーペン素敵ね」
二時間目が終わったころ、同級生の春香が私の手元を見て言った。
「ひいおばあちゃんの物なの」
私が答える。曾祖母の静子ばあちゃんが父親に買ってもらったもので、その娘、つまりおばあちゃんから私がもらったのだ。おばあちゃんは「操出鉛筆」なんて呼んでた。
「美咲は古い物が好きだもんね」
言われてほほえみを返すと、春香がこんな言葉を続けた。
「古い屋敷にも興味があるよね。神社の奥に古い洋館が出たんだって」
「出た」とは妙な言い方だが、それは「建った」というより「出た」らしい。地元の年寄りは「先月まではなかった」とみんな言うらしい。
「マヨイガかもしれないわ」
オカルト好きな春香らしく、キラキラした目で私に話しかけてくる。
マヨイガとは「迷い家」とも書かれ、山の奥深くなどで目の前に現れる屋敷。庭は手入れされ、座敷の火鉢では湯が沸いているが、人の気配が全くしないという館だという。
「マヨイガなんて作り話でしょ」
私が言うと春香は「突然、現れたのは奇妙よ。それに、すごく古い建物らしいよ」と私をたきつけた。
結局、週末に二人で出かけることになった。
その日、山道を歩いていくと、突然森が開け、目の前に大きな洋館が現れた。明治時代に技術の粋を集めて造られたような立派な建物だ。開け放たれた門からのぞくと、庭にはきれいな花が咲き誇っていた。春香に促されて玄関まで来る。さすがに勝手に入るのはためらわれたが、春香の「地元の人は、こんな家はなかったと言っている」の言葉に勇気づけられ、入り口の扉を開けた。
玄関ホール右手のリビングらしい大広間に入ってみる。掃除が行き届いており、ソファの前の低いテーブルには湯気の上がる紅茶もあった。本当に誰も住んでいないのなら、マヨイガかもしれないと思えた。
「ねえ、このシャーペンって、美咲のと同じよね」
ガラスの入った扉付きの本棚の前で春香が言った。近づいてみると確かに私の古いシャープペンシルと同じデザインだ。不思議に思いながら本棚の中を見ると写真があった。
「これ、どこかで見た気が……」
そう思った直後、頭の中にイメージが飛び込んできた。着物姿の少女がこの部屋で紅茶を飲む様子、シャープペンシルを持って勉強をする様子、庭の花を摘んで室内に活ける様子。誰かの記憶とも思える膨大なイメージが私の頭を襲う。
春香を見ると何かにおびえていた。後ずさりを始めたかと思うと玄関へと走り、屋敷から飛び出してしまった。春香に続いて私も外へ出ようとしたが、閉まった扉が開かない。ノブを回しても全く動かない。そのとき声が聞こえた。
「日本中を捜し回った。やっと見つけた。静子、ここで暮らそう」
「私は静子ばあちゃんじゃない!」
私の叫びは玄関ホールで反響するだけで、どこにも届かない。家の奥からは、料理の香りが漂ってきた。それは、静子ばあちゃんが好きだったと聞いたことがあるビーフシチューの香りだった。
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