残業を終えて帰宅すると、珍しく伯母が来ていた。母が亡くなったころは、よく家に来てくれたが、姪の私が社会人になってからは、年に数度、訪れるくらいになっている。
居間で父と話す伯母に「こんばんは」と声を掛け、着替えのために二階の自室へ向かった。階段に足を乗せたとき、伯母の声が聞こえた。
「もう十年よ。再婚してもいいころだと思うわよ」
階段を上りながら「ああ父は再婚するのか」と思った。唯一の娘である私が社会人になったのだから、そういう流れになるのかもしれない。
それから三日後の夜のことだ。父と二人で夕食後のお茶を飲んでいたとき、父が言った。
「母さんの写真、あったよな」
「どうするの」と私が問うと、母の同級生から頼まれたという。
「久しぶりに同級会を開くので、母さんも参加させたいそうだ。で、写真を借りたいと言われた」
母の写真は全部アルバムに整理してあるはずなのだが、父は「アルバムが見当たらないんだ」と言う。
「それならデジカメにあるんじゃないの。古い方のカメラに」
「それもないんだ。カメラはあるが母さんの写真だけデータがない」
「そ、そんなバカな……」
「あり得ない話なんだがな」
言いながら父は立ち上がり、アルバム探しを始めた。長い時間をかけ、私も手伝ったが見つからない。夜も更けたころ、私が言った。
「見つからないわ。諦めましょう」
しかし父は、まるで私の声が聞こえないかのように、棚の裏を見たりしている。父は母の写真がなくなったことがショックなのだろう。
私が言う。
「写真なんかなくても、私たちの記憶に残っているじゃない。それに……」言葉を止め、続ける。
「写真がなくなったのは、母さんが父さんに『もういいのよ』って言いたいからかもしれないわ。この前の伯母さんの話もあるし」
私の言葉に父は一瞬手を止めたが、アルバム探しをやめなかった。
しばらくして、父が口を開いた。
「そうだ、ケータイだ。写真が写せるようになったばかりのケータイで撮ったことがあった気がする」
言いながら父は、押入から段ボール箱を引っ張り出した。開けると古い携帯電話がいくつも入っている。その一つに充電器をつないでコンセントに挿した。
「あったぞ、ほら」
画面に出た写真を私に見せる。そこには十年以上前の母の姿があった。写真を撮られることで少し困ったような、はにかんだような、かわいらしい母がいた。私が言う。
「こんなにかわいい表情の写真があったのね」
すると父が言った。
「記憶の中に、母さんの全部があるわけじゃないんだ」
翌朝、なぜだか居間のテーブルにアルバムが乗っていた。父も不思議がっている。もしやと思いデジカメを見ると、母の写真が復活していた。
アルバムを手に、父が言った。
「これでまた家族三人、一緒だな」
私は「うん」と返事をした。母の笑顔が見えたような気がした。
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