男たちは議論がたいそう好きだった。いつだって二人は一緒にいたし、いつも何かについて議論していた。時折、言い争いになり、手を上げることもあったが、それでも二人はずっと一緒だった。
メガネを掛けた方が、神経質そうな顔つきで言う。
「幽霊は鏡に映らないって話、知ってるか?」
坊主頭がのんびりと答える。
「いや、知らない。なんでだ?」
メガネが話し出す。
「実在する物なら鏡はその光を反射するけど、そうでないものは反射できないからさ」
「幽霊は存在しないから鏡に映らないというわけか。じゃあ、なんで人は幽霊を見るんだ?」
「それは脳が勝手に映像を作りだしているからさ。怖いと思っていると、そういうことが起きる」
メガネが自慢げに言う。坊主頭がそれに応える。
「なるほど。本当は存在していなくても、見えると思えば見えてくるわけだな。じゃあ俺たちがこの大きな鏡に映っているのは、俺たちの存在を証明することになるわけだ」
「たぶんな」
メガネが答えたとき、音が聞こえた。メガネが言う。
「お客さんか? 一階で音がした」
玄関のドアを開けて二人の女が入ってきた。赤毛の女が言う。
「ねえ、やばいよ。不法侵入だよ」
聞きながら、ノッポの女が言う。
「大丈夫だって。もう深夜だし、元カレが来たことあるって言ってたから。ねえ『出る』って話の二階へ行ってみようよ」
赤毛は反対したが、ノッポがしつこく誘うので仕方なく付いていく。
二階に上がり、部屋に入るとノッポが言った。
「なんだ、ナンにもないじゃん」
赤毛が部屋の隅へ進む。
「この大きな板みたいなの、何?」
「姿見だよ。全身が見られる鏡。でも鏡がないね。割れたのかな」
赤毛は我慢できなくなった。
「もう帰ろうよ。ここって議論好きの男二人が殺し合った場所でしょ」
「大丈夫だって。お化けが見えても、それは怖いと思うことで、脳が映像を作っているだけなんだから」
そばにいたメガネの男が言う。
「おお、そこの君、分かってるじゃないか。そうだ、存在するかもと思うから見えた気がするんだ」
坊主頭が言う。
「なあ、今、女の子が、この姿見に鏡が入ってないって言ってたけど、なんで俺たち映ってるんだ?」
赤毛が言う。
「ねえ、声が聞こえない?」
「気のせいだって、それも脳が勝手に音を作って……」
「いや、もうダメ。私、怖い」
赤毛が走り出す。仕方なくノッポが付いていく。「何も出てこなかったなあ」と言いながら。
坊主頭はずっと「なんで鏡がないのに姿が映るんだ?」と繰り返している。メガネはそれを聞きながら「存在するかもと思うから見えてくる」という言葉を小声で繰り返しながら、姿見の残骸を凝視していた。
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