山村課長はいい人なんだが、妙に暗い。一緒に飲んだとき、俺は酔った勢いで「なんで課長って暗いんですか?」と聞いてしまった。そのとき課長は怒りもせずに、こんな話をしだしたんだ。
*
私は高校生のころ、オカルトや怖い話が大好きだったので、いつか百物語をやってみたいと思っていた。百物語は、夜、百本のろうそくを立てて怪談を語り、一話終わると一本の明かりを消す。百話終わり全部のろうそくが消えたとき、魔物が現れるという言い伝えなんだ。
夏休みに入ったばかりの夜、クラスメート二十人ほどが集まって始めたんだよ。百物語が終盤を迎えたのは、深夜二時を迎えるころだった。
最後は、私が話したんだ。
「今この場にいる同級生の中で、一人だけ名前が思い出せないヤツがいる。一番奥の柱の前にいるヤツ。どうしても名前が思い出せない。一緒に遊んだ記憶はあるのに、何をしたのか全く覚えていない。これって怖くないか?」
すると隣にいたサトシが言った。
「クラスメートの名前を忘れただと? 薄情なヤツだな」
むっとした私がサトシに言う。
「じゃあ、お前には分かるのか?」
「当たり前だろうが」
「それなら名前を言ってみろよ」
「あいつは、そう、確か……。あいつの名前は……」
サトシの表情が曇った。「そんなはずはない。覚えているはずだ」と独り言を口にしている。
それを見て、その場にいた者たちがざわめきだす。「お、俺も名前が分からない」「こんなのおかしい。あいつは確かにクラスメートだ」そんな言葉が部屋中に響き渡った。
サトシがぽつりと言った。
「なあ、今の山村の話って、もしかしたら百一話目じゃないか?」
みんなの声が止まる。全部の目がサトシを見る。サトシが続ける。
「今、思い出したんだけど、由美子の最後の話って、二つの怪談が入っていなかったか?」
「そういえば……」誰かが言った。
「てことは、もう百話が終わっていた……」別の誰かだ。
「ちょっと待てよ。それならすでに魔物が出ているってことか?」
この言葉を聞いた全員の目が、名前の分からない級友に注がれた。
「やめて!」女子の声が響く。「マジかよ。じゃあアイツはクラスメートのふりをした化け物なのか」
百物語の場が騒然となる。その様子を見ながら、名前の分からない級友が立ち上がった。そしてまるで独り言のようにこう言った。
「久しぶりにこっちの世界に来られて楽しかったぜ。また呼んでくれよな」言いながら彼は消えていった。
*
「という話なんだ」
山村課長の話が終わった。でもこの話と課長が暗いのとの間に、どういう関係があるのだろう。俺がさらに突っ込む。すると課長は、いつもの暗い表情でこう言った。
「俺、今でもあいつの名前を思い出せない。なあどうしてだと思う?」
課長の高校時代の話より、このときの課長の顔の方が百倍怖かった。
読みもののページ
ショートストーリーを中心に、しょーもないコラム、Mac系コンピューター関連の思いつきつぶやきなど、さまざまな「読み物」を掲載しています。
20世紀に書いたものもあり、かなり古い内容も含まれますが、以前のまま掲載しています。
Copyright Masaru Inagaki All Rights Reserved. (Since 1998)