死んでしまいそうなくらい暇な毎日を過ごしていた。仕事がなくなり、探しても見つからない。ふて寝をしていても腹が減るばかりだから、しょうがなく出かけた。
久しぶりにたくさん歩いた。自宅からかなり離れた場所へ来たらしく、周りには木が茂っている。道路はだんだん狭くなり、その下には川があるようだった。
ふと見ると、前方に妙なモノがいた。二本足で立っているから人間だろうと思ったが、そうではなさそうだ。ではサルの類かと思ったが、茶色の毛で覆われているわけではない。
そいつは全身が緑色だった。頭に毛が生えているが、真ん中あたりはハゲている。そこに水がたまっているように見える。背中には甲羅があった。
「カッパだ……」
俺は、無意識のうちに叫んでいた。
叫んだのには理由がある。カッパを見たのが初めてだったこともあるが、それよりも、俺が生まれた村に伝わる話を思い出したからだ。
村には「人が死ぬとカッパが迎えに来る」という言い伝えがある。そんなの迷信に決まっていると思っていたが、目の前にいるカッパを見て、その思いが変わった。
カッパはスタスタと近づいてきた。そして「ついてこい」と言い、勝手に歩き始めてしまった。俺は、あらがう理由が見つからず、仕方なくあとを追うことにした。
しばらく行くと、道ばたに人が倒れていた。事故にでも遭ったのだろうか。近づいてよく見ると、頭から血を流している。それは俺自身だった。
言い伝えは本当だった。
カッパは言った。
「死んだことに気づかないヤツが多いからな」
カッパは、死んだ人を迎えに来るのではなかった。死んだ人にその死を伝えるための存在だったのだ。俺はこのことを村のみんなに伝えたいと思ったが、当然、もうできないことも知っていた。
そのとき、一台のトラックが暴走してきた。道路の真ん中にいたカッパは、簡単に、はねられてしまった。急いで近づいたが、すでにカッパは瀕死の状態だった。トラックは何事もなかったように走り去った。普通の人には見えないカッパだから、仕方がないのかもしれない。
息を引き取るとき、カッパは小声で何かを言ったが、俺には聞き取れなかった。
次の日、目覚めると、俺は浜辺にいた。一人の男が波打ち際に立っている。俺は男に声を掛けた。
「ついてきな」
男は怪訝な顔をしたが、ゆっくりとついてきた。
しばらく行くと、防波堤があった。釣りをする人が置いていったのであろう、折りたたみ式のイスやら、バケツやら、クーラーボックスやらが見えた。海面を見ると、人間らしいものが一つ浮いていた。男が言った。
「お、俺じゃないか」
死んだ人にその死を知らせるカッパが死んだ。それを看取った俺が、カッパの後を継ぐことになったらしい。
今まで暇で仕方がなかったが、これで忙しい日々を送ることができそうだ。俺は深いため息と共に、口元でニヤッと笑った。
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