「そこまで言うんなら勝負だ」
太った男が言った。まもなく夜が明けようとする時間。薄暗い光の中で、相手の男を凝視する。
「よし、受けて立とう。後悔するな」
背の高い男が言った。太った男と同じくらいの年齢だ。
互いに相手の顔を、穴があくくらい、にらみつけている。この勝負は絶対に負けられないと、二人の目が言っている。
「勝負といえば、あれしかないな」太っちょが言う。
「おお、望むところだ。どうせお前の腰にぶら下がっているそれは、コケおどしなんだろう。そんな立派なもんを持っていたって、なんの役にも立ちやしねえ」ノッポが言う。
「なんだと! 言わせておけばいい気になりやがって。お前こそ、腰のブツに物を言わせたらどうなんだ」
「うるせーやい!」
二人がにらみ合う。ウエストに巻いた太いベルトに手をかける太っちょ。腰からぶら下がる物をチラチラ見ながら、相手の様子をうかがうノッポ。まさに一触即発の場面だ。
*
事の始まりは音だった。夜が明けるまであと少しの時間、太っちょとノッポは同時に奇妙な音を聞いた。二人の神経を逆なでした音。あれさえなければ「決闘」をする羽目に陥らなかっただろうに……。
*
にらみ合いは続いていた。太っちょが言う。
「だいたい、お前みたいな新入りと、一緒に居なきゃならんってのが気に入らなかったんだ。相手がお前じゃなかったら、今ごろ……」
「何を言いやがる」ノッポだ。「お前だって、新入りに毛が生えたようなもんじゃないか。そんなヤツに言われたかねえな。お前が俺よりベテランだというなら、さっさと事をすませりゃよかったんだ。それをビビりやがって」
「なんだと! ビビってんのは、お前の方だろう」
「俺がいつビビったってんだ。あんなもん、なんとも思っちゃいねえ」
「だったら、さっさと……」
「うるせー。そんなことより勝負だ」
「よし」
じりじりと間合いを縮める二人。言い合う言葉も尽きてきた。真剣勝負が残るのみだ。
「五つ数えたら、同時に、だぞ」太っちょが言う。
「望むところだ」ノッポが答える。
二人が同時に数を数えだす。
「一、二、三」
適度な距離を置いた二人の表情が厳しくなる。真剣勝負なのだから、当然「一回勝負」なのだ。
「四、五!」
同時に二人の手が前へ出る。太っちょの手は、固く握られていた。反対にノッポの手は、五本の指が全部広げられている。
「俺の勝ちだ!」ノッポが雄叫びを上げる。それを見ながら、太っちょが悔しそうに言った。
「しょうがねえなあ。じゃあ俺が見てくるぜ」
言いながら、腰に下げた大型の懐中電灯を手に取り、スイッチを入れる。そして守衛室のドアを開けると、さっき聞いた妙な音のする方向へと歩き出したのだった。
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