天涯孤独のこの俺が、古い豪邸を相続することになった。ご先祖様が明治時代に建てたもので、大正期には廃屋になったという。身よりのないご先祖様の唯一の相続人として、今ごろ俺の名前があがったらしいのだ。
この屋敷は、たいそう深い山の中にあり、地元では幽霊が出ると、もっぱらの噂だった。さっそく屋敷に行ってみると、これがひどいありさまだ。建物は大きいがボロボロ。邸内をくまなく見て回ったが、金めのものは見あたらない。揚げ句の果てに、どの不動産屋も取り引きに応じてくれない。商売になりそうもないそうだ。
こんな屋敷をもらってもしょうがないが、いいことを思いついた。ここには幽霊が出るという。それが本当なら、屋敷のことを幽霊に聞いてみるのだ。もしかしたら財宝が隠されているかもしれない。さっそく俺は知り合いをたどって霊媒師を見つけた。
霊媒師と一緒に、相続する屋敷へ行く。霊媒師は、なにやら妙な臭いのする物を燃やしだし、呪文のようなものを唱える。しばらくすると、煙の向こうに、人影らしきものが見えてきた。
「あれが幽霊なのか?」俺が聞く。
霊媒師は黙ってうなずいた。そして「私の仕事はここまでです。会話が終われば、幽霊は消えるでしょう」そう言って、そそくさと帰ってしまった。
俺は幽霊と会話を始めた。相手は若い女性で、メイドだったそうだ。俺が自分の立場を話し、そして言う。
「この屋敷を調べたが、遺産と呼べるものはなかった。で、実はあんたに聞きたいことがあるんだ」
「はい、なんでございましょう」
「ここには、隠し部屋があるんじゃないのか? そこに金めの物が隠してあるとか……」俺の言葉に、幽霊が言葉を詰まらせた。心なしか顔を下へ向ける。こいつ、何か知ってるな。「知っているなら教えてくれないか」
「いえ、私は何も……」
「そんなハズはない。メイドだったら、この家のことはなんでも知っているはずだ。なあ頼む。教えてくれよ」
「いえ、私は……」
「分かった」俺は、急に語気を強めた。「タダとは言わない。報酬をやるよ。ただし、生き返らせてくれなんてのはダメだぜ。俺にはそんな力はない。俺にできることをやるから」
どうせ相手は幽霊だ。口から出任せで、何を言ったってかまやしない。
「報酬」という言葉が効いたのか、幽霊は、にわかにうれしそうな顔になり、俺についてくるように言った。
書斎らしき部屋に入る。彼女が本棚の一部を押すと、なんと、隠し部屋が現れた。小走りで中へ入ると、あるはあるは。ピカソの絵らしきものから、高そうな皿類、そして数十本の金の延べ棒。俺は飛び上がって喜んだ。
「ありがとよ。あんたのお陰だ。じゃあ、俺は一度帰って、このお宝を運ぶ車を取ってくることにしよう」
そういって玄関から出ようとするが、扉が開かない。妙だ。窓を開けようとしても、やはりダメだ。
ふと幽霊を見ると、薄ら笑いをしている。そして言った。
「もう百年以上ずっと一人でいて、寂しくて気が狂いそうでした。でもこれからは、あなたがそばにいてくれる。これでもう寂しくはないでしょう」
幽霊の報酬は、俺をこの屋敷に閉じこめることだったのだ。
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