「いいか、十五分だぞ。十五分以上話すことができなかったら、もう一度かけ直すことになる…」
帽子をかぶった男が言った。
同じような身なりの男は三人いる。その一人、一番若そうな男が言ったのだった。
言われたのは、六十歳の男。頭がハゲあがり、残った毛も真っ白だ。卵形の椅子に座り、黙ってうなずいた。
*
「もしもし、山下さんですか? 山下ミツノリさんですか?」
知らない男の声だった。
「はい、そうですが…」
ミツノリが答える。ケータイに妙なメールが入ってくることはよくある。しかしこんな電話は初めてだ。
相手が言う。
「ちょっと待ってくださいね。今、あなたと話したいという者と替わりますから」
ますます妙だ。少々緊張したミツノリがしばらく待つ。回線の向こうで、電話を持ち替える音がし、別の男の声が聞こえた。
「もしもし、あんた、山下ミツノリか?」
年取ったおっさんの声だった。
「ええ、そうですけど…」
ミツノリは身構えて答える。
「ちょっと俺の話を聞いてもらいたいんだ。それだけなんだが」
「え? なんなんです、あなたは?」
「まあいい、聞けよ。お前、今、二十四歳だよな。だったらまだ間に合う…」
「…」
「お前、高校生のとき、万引きしただろう。ほら、よく行ったCD屋だよ。お前のお気に入りのアーティストのCDをかっぱらった。そもそも、あれがいけなかったんだ…」
「ちょ、ちょっと待ってください。一体何の話なんだか、僕には見当も…」
「いいさ、ごまかさなくても。俺には全部分かっているんだ。なんてったって、俺は未来のお前だからな」
「未来の僕?」
「そうだ。いいか、よく聞けよ。実はな、二十五歳のときだったか、お前は仲間から、ある家に強盗に入ろうと誘われたんだ。いや、誘われるんだ。万引きはまだ序の口だった。しかしこの強盗は、まずかった。ここから人生が狂いだしたんだ」
山下ミツノリは、訳が分からなかった。このおっさん、一体何を言い出すのか。
高校生のときにCDを万引きしたのは事実だ。でもあれは一人でやったし、誰にも話していない。店員にも見つからなかった。なのにどうして、このおっさんが知っているのだ。
おっさんは自分を「未来の山下ミツノリだ」と言った。そんなことって、あるんだろうか。
未来のミツノリは続ける。
「お前は、毎日がつまらなかった。親は口うるさいばかりだし、友達もできなかった。あの万引きは、ほんのお遊びのつもりだった。でもな、強盗はいかんよ。まあ、強盗に誘った男は、お前にとって親友になりそうなヤツだったから信じてしまったのだけれど…。でもな」
現代の山下ミツノリが、突然、電話を切った。何だというのだ。未来の俺だって? 冗談じゃない。そんなのいるはずがないだろう。
ミツノリは、必死で自分を落ち着かせようとする。しかし相手は、あの万引きを知っていた。そして、これから起きるだろうことさえ予測した。「強盗に誘うことになる、親友になりそうなヤツ」の心当たりもある。あいつとは親しくなってきたが、どうもヤバそうなところがある…。
*
「残念だったな。六分しか続かなかった。仕方がない。また明日やろう」
帽子の男が言った。
未来の山下ミツノリは、うなだれていた。
彼がこんなことをやるハメに陥ったのは、三年前―未来の山下ミツノリでいう三年前だが―に時間超越電話が発明されたからだ。これが実用化されるまでは、いろいろな問題があった。しかし増え続ける犯罪を芽の部分で摘み取るためにと、政府は、使用範囲に条件を付けて、時間超越電話を認める法案を可決させたのだった。
六十歳の山下ミツノリは、自分の「部屋」で考えていた。明日は、過去の自分にどう話そうか。どう話したら十五分間、聞いてくれるか…。そうだ、それには、今の自分のことをもっと話して、自分を悔い改めなくてはならないだろう。そうでもしなければ、過去の自分は、六十歳のミツノリの言葉を聞くはずもない。
一人でそんなことを考えていると、声がした。
「おい、夕食だぞ」
鉄格子の向こうから、いつもの看守が、いつものまずそうな食事を差し出していた。
読みもののページ
ショートストーリーを中心に、しょーもないコラム、Mac系コンピューター関連の思いつきつぶやきなど、さまざまな「読み物」を掲載しています。
20世紀に書いたものもあり、かなり古い内容も含まれますが、以前のまま掲載しています。
Copyright Masaru Inagaki All Rights Reserved. (Since 1998)