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ショートショット!
百物語
井上 優

「そして男は、亡霊にとりつかれたまま、一生を送ったということだ」

 牧村が九十八番目の話を終えた。同時にロウソクの炎を消す。残りは二本だ。

 深夜、暗闇の中で百本のロウソクを立て、すべてに火をつける。そしてその場にいる者が一人ずつ恐怖の話を始める。一つの話を終えると、ロウソクの炎を一つ消す。こうして百の恐怖談が終わり、すべてのロウソクから灯火がなくなったとき、暗闇の中に幽霊が現れる…。

 昔から語り継がれている百物語だ。一晩で百の話をすることができるのかどうか分からないし、途中でロウソクが燃え尽きてしまうかもしれない。そんなときはどうなるのかは、牧村にも、その場にいる二十人の高校生にも分からなかった。それでも、このオカルト色の強いイベントに参加して、全員が興奮していた。

 初めに言い出したのは、学校で牧村の隣に座っている斉藤だった。どこかから百物語の言い伝えを聞いてきた斉藤は、クラスから有志をつのって実行してみようと言い出した。話を聞いて、牧村は面白そうだと思った。本当に幽霊が現れるはずもないが、それでも百もの怪談を一気に聞き、最後に暗闇が訪れるという趣向は、なかなかのものだと思った。そして牧村は、百物語の実行をクラス中に提案したのだった。

 男子の中にも、だらしのないヤツはおり、全員が参加すると言ったわけではない。それでも数人の女子が参加したいと言い出したので、全部で二十人となった。百の怪談を話すのだから、一人あたり五つの話をすればいい。これくらいなら適量といえるだろう。

 そして、とある土曜日の夜、あるクラスメートの親戚だというお寺の本堂に二十人が集まり、百物語が始まったのだった。


「どんなにふいても、壁の血痕は決して取れなかったということです」

 沢村真美が九十九番目の話を終えた。ロウソクの炎がまた一つ消え、残りは一本になった。

 百番目は斉藤だ。十九人のクラスメートを見渡す。無言で「本当にいいんだな」と念を押すように、一人ひとりの顔を見た。すべての級友は静かにうなずく。そして最後の話が始まった。

「これはうちの祖母が亡くなったときの話です。その日は…」

 斉藤がこの日話すのは五回目。最後の話は、それまで彼が話したものよりずっと恐ろしい話だった。

「そして僕は、祖母の位牌の前で、静かに手を合わせたのでした」

 斉藤の話が終わった。さあ、最後のロウソクが消される。

 ロウソクに顔を寄せた斉藤が、勢いよくフーっと息を吹きかけた。同時に真っ黒な闇が訪れた。

 だれも何も言わなかった。何かを期待している雰囲気が漂う。そのとき本堂の障子が開いた。

「もう終わっちまったのか?」

 クラスメートの磯谷の声だ。一瞬全員がひーっと引きつった声を出す。同時に誰かの携帯電話が鳴った。牧村だ。うんうんと話を聞きながら、引きつった顔をし、暗闇に慣れだした目で、今やってきたばかりの磯谷を見る。電話を切ると、誰にともなくポツリと言った。

「さっき、磯谷がバイクで事故った」

 キャーと女子生徒の声がした。男子生徒もバタバタと磯谷から離れる。その様子を見ながら、牧村が言った。

「なんてのはウソ。どうだ? 怖かったか? それにしても磯谷、いいタイミングで入ってきたなあ。バッチリだぜ」

 牧村の解説を聞いて、そこら中からため息が漏れた。「なんだ、脅かすなよ」「てっきりモノホンの幽霊かと思ったぜ」口々に、安堵の言葉を出す。当の磯谷はニヤニヤしながら畳の上に座った。

 場が和んだとき、また誰かが障子を開けて入ってきた。ぼんやりと見えるその姿は、どうやら小学生の女の子のようだ。

 女の子が言う。

「もうお話、終わったの? だったら外で大勢待ってるから、入れてあげるね」

 何のことだか分からなかった。外で大勢が待っている? 百物語に参加しなかったクラスメートが来ているのだろうか。

 その場にいた全員が、一斉に障子に近づく。なにやら外で声がする。

「わたしゃあ、初めて曾孫の顔を見るんじゃよ」

「今の時代は平成というんじゃそうだ」

「久しぶりだなあ。最近は百物語が少なくて」

 などなど…。

 不審に思った高校生たちは、おそるおそる障子を開けてみた。すると外廊下に、おびただしい数の老人たちが立っていた。そしてどの老人も足がなく、周囲にそれぞれ数個の人魂を携えていたのだった。

copyright : Yuu Inoue(Masaru Inagaki) ffユニオン58号(2000.7月号)掲載

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