「いやあ、大変申し訳ないことをしたのお。長い間、本当に申し訳ない」
赤と白の派手な服を着た年老いた男が、吉村好夫に向かって言った。今しがたベッドに入ったばかりの吉村だったが、突然起こされて、何がなんだか分からない。
老人は続ける。
「あんたの存在を知らなかった訳じゃないんじゃよ。ただちょっと忘れていただけで。わしも年のせいか物忘れが激しくてねえ。七十年ほど前までは、子供たちの名前を全部覚えていたんじゃが」
どうやら老人は、言い訳をしているようだ。
それにしてもこの老人、いったいどこから入ってきたのだろう。それに服装も変だ。これじゃあまるでサンタクロースだ。でも今日は十二月二十三日。サンタが来るには一日早い。
老人は一人でしゃべり続けた。
「というわけで、あんたが子供のころ、プレゼントを渡すことができんかった。そこで、これまでの分をまとめて渡したいと思い、やってきたんじゃよ」
確かに吉村は、子供のころ、サンタからプレゼントをもらったことがない。それはこのじいさん、いやサンタクロースが忘れていたからだって? そして今、過去の埋め合わせをしにきたというのか?
吉村は、狐につままれたような気分だった。もしかしたら夢かもしれない。でも何かをくれるというのだ。だったらたとえ夢であっても、希望を言ってみるべきだろう。
「じゃあ、どんなプレゼントでもくれるってわけ?」
「もちろんじゃとも。これも罪滅ぼしじゃ。あんたの希望は、なんでも聞くことにしよう」
「それなら…」
吉村は考えた。こんなチャンスはめったにない。もらえるものを真剣に考えなくっちゃ。車がいいかな? それとも新しいパソコン? かわいい彼女もほしいし…。
吉村が聞く。
「物でなくてもいいの?」
「もちろんじゃとも。力持ちにしてほしいか? それとも女の子にもてるようになりたいかね?」
じいさんは、怪しい笑いを見せながら言った。
そして吉村は結論を出した。
「それなら俺に、力をくれよ。自分が願ったプレゼントならどんなものでも手にすることができる力を」
そうさ、これしかない。この力さえあれば、自分の好きな物が手に入る。究極の力だ。
そんな吉村の願いを聞いて、じいさんは言った。
「いいじゃろう。ただし、あとで取り消すことはできんぞ。それでもいいんじゃな」
「もちろんさ。さ、早くやってくれよ」
「よし、分かった。それじゃあ、明日のイブの夜に…」
そう言うとじいさんは、吉村の目の前から、ふっと消えてしまった。
翌日は十二月二十四日。その夜、吉村は、昨夜のじいさんを思いだしていた。とても現実だったとは思えない。「寝ぼけてたのかもな」と自分に言い聞かせると、早々にベッドに入ることにした。
ベッドに近づき掛け布団に手を伸ばしたとき、不意に吉村の意識がなくなった。ふーっと遠いところへ行ってしまうような感覚が訪れた。
気がつくと、何かに乗っていた。前を見ると、何頭もの動物が綱でつながれている。頭に角がある。ああトナカイだと思った。となると、この乗り物はソリか? 自分の座った位置から振り向くと、背後にはおびただしい数の箱があった。どれもきれいな包装がされ、かわいいリボンが付けられていた。
「どうだね、これでいいんだね」
声がした。そっちを見ると、昨夜のじいさんがいた。じいさんは満面に笑みを浮かべながら続けた。
「これで、どんなプレゼントでも手にすることができる。あんたの好きなプレゼントを子供たちに渡すことができるんじゃ。いやあ、わしはうれしいよ。このところ年のせいか、仕事がきつくて。そろそろ引退しようと思っておったら、あんたがあんなことを言ってくれた。本当に感謝しておるよ」
そう言うとサンタクロースのじいさんは、引きつった顔の新米サンタが乗ったソリを力いっぱい押した。それに応えるように、トナカイたちが大空へ飛び上がる。十二月二十四日のクリスマス・イブの夜、吉村好夫は二代目サンタクロースとなって、世界中の子供たちのもとへ向かったのだった。
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