金田一耕一は、一階の広間に人々を集めた。昨夜から降り続いている雨は、収まるどころかひどくなる一方だった。それはあたかも、事件の異常さを示すようだった。
事件が起きたのは、今日の午前中のはずだ。耕一が外出している間、それは起きたのだった。あまりに卑劣で、あまりに残酷な事件。耕一の心はずたずたに切り裂かれていた。
「どうしてこんなところへ集まらなくっちゃならんのだ!」
男が言った。耕一より三十歳以上年上のはずだ。言い方が横柄だ。耕一は気に入らない。
「なんなの? 早くすませてちょうだい」
女が言った。やはり年配で、太っている。白髪を隠すために髪が焦げ茶色に染められていた。
「俺、忙しいんだからな」
別の男が言った。こいつはまだ若い。大学生だった。
「私、これから出かけるのよ」
若い女が言った。高校生だ。
耕一は、四人の男女を見渡した。彼らは思い思いに座る場所を確保する。ある者はソファに座り、ある者はダイニングテーブル用のイスに腰をかける。立っているのは耕一だけだった。
耕一は、静かに「謎解き」を始めた。
「この事件が起きたのは、紛れもなく今日の午前中だ。そして犯人は、この中にいる」
「一体何を言ってるの」年配の女が言う。「犯人だなんて、人聞きの悪い」
「黙っていてもらいたい」耕一がピシリと言う。彼の真剣な眼差しに恐れを成したのか、女は口をつぐんだ。
耕一は続ける。
「こんな卑劣な行為が許されていいものなのか。僕には理解できない。この行為は、まさに人の存在を否定したものであり、明らかに僕に対する挑戦としか言いようがない」
だれも返事をしない。
「今朝、僕が出かけたとき、あなたたち四人は、確かにこの家の中にいた。それを否定できる人はいるのか?」
だれもしゃべらない。
「そうだろうとも。犯人を含めたあなたたちは、今日は一歩も外へ出ていない。そのことについては、別個の聞き取り調査をしているから間違いない。となると四人全員に、あの残虐な事件を起こす時間があったということになる。それでは一人ひとり検証していこう。まずあなただ」
耕一は年配男性を指さした。
「あなたは確か、軽い糖尿病を患っているはずだ。そんなあなたに、あんな事件を起こすことはできない。だからあなたは、まず、はずす。次はあなただ」
年配女性が指さされた。
「あなたの好みは、数々の調査から判明している。韓国旅行が好きなのも、その嗜好によるものだと、多くの者が証言している。だから犯人ではないはずだ。そして、あなた」
大学生の男性が指さされた。
「あなたは今日の午前中、ずっとベッドの中で眠っていた。間違いないですね」
「ああ、よく知ってるな」
「証言があるんですよ」耕一は不敵な笑いを見せた。
そのときだった、高校生の女性から声が出た。
「ちょっと待ってよ。となると私が犯人なの? 冗談じゃないわよ。なんであんなこと…。やってないわ!」
「待ってください。だれがあなたを犯人だと言いました?」耕一の不敵な笑いは続く。
「だってもう私しか残ってないのよ。だったら私が、あれを…」
女は泣きだしそうだった。それは罪を指摘されそうだからか、潔白を主張したいからなのか、分からなかった。しかし耕一には分かっていた。
「犯人は、あなたではない」
一同が「えっ?」という目をする。すかさず耕一は、くるりと振り返ると、ソファに座っている年配の男性に言った。
「犯人はあなただ。糖尿病だからという点が盲点だったのだ。あなたは軽い糖尿病でありながら、あれの誘惑には勝てなかった。どうだ、観念しなさい」
「分かった分かった。もう…。そうだよ、俺がやったのさ」年配男が立ち上がる。そしてポケットに手を入れたかと思うと、ゆっくりとその中の物を出しながら、太い声で言った。
「ケーキ一つぐらいで、大げさなんだよ、お前は。父さんが食べたのは悪かった。これで買ってこい」
父さんと名乗る男は、耕一に千円札を差し出していた。
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