「スーパージェッターって知ってるか?」
芳夫が言った。
「なんだそれ。新手のゴレンジャーものか?」
ボクが聞く。ヒーローものとか特撮ものとか、そういった雰囲気を持ったネーミングだったからだ。
「違うさ。昔のアニメなんだ。未来からやってきた少年が、空中を飛び回る流星号っていうクルマに乗って、悪を叩くってやつさ」
「へ~。知らないなあ」
「ま、無理もないわな。30年以上前のアニメだからな」
そんな昔のアニメを高校生のボクが知ってるはずがない。アニメおたくの芳夫ぐらいしか知らないはずだ。でも話には続きがあった。
「スーパージェッターは、未来から来たってだけあって、すげー力を持っていたんだ」
「もういいよ、昔のアニメの話は」
「まあ聞けよ。アニメだけの話じゃなんだ」
芳夫が真顔で言った。続ける。
「彼は、タイムストッパーを持っていたんだ」
「彼ってのは、スーパーなんたらって少年のことかよ」
「もちろんそうさ。彼のタイムストッパーは、腕時計タイプで、いつでも時間を止めることができるんだ」
「ほー。そりゃ便利だね」ボクは適当に聞くことにした。たかがアニメの話だ。しかし芳夫は、相変わらず真顔だ。
「昔、少年ジェットっていう実写の番組があったけど、そこでも少年が時間を止めた。この話には、時間停止の機器はなかったと思うけど、スーパージェッターにはちゃんとした機器があった」
「ふ~ん」聞くのがバカバカしくなってきた。
「もしそいつが実在したら、お前ならどうする?」
「時間を止める機械がか?」
「そうそう」
「そんなもん、あるわけないじゃないか」
「だからあ、もしだよ。もし存在したとしたら」
「そうだなあ……」ボクは考えた。時間を止められるってのは、なかなか魅力的な話だ。でも、急にそんなことを言われても、何がしたいかなんて思いつかない。
ボクが黙って考え込んでいると、芳夫が言った。
「俺なら、ずっと高校生のままでいたいと思うな」
「今のままってことか?」
「そうさ。大人になっても、ろくなことはない。俺は仕事をするタイプじゃないんだ。だから高校生のままがいい。でも嫌でも年をとるだろ。だったら時間を止めればいいんだ」
「そんなことしたら、自分以外はすべて止まるんだから、独りぼっちになるんじゃないのか?」
「それがそうじゃないんだなあ」
ニヤニヤ笑いながら、芳夫がポケットから腕時計を出した。Gショックに似たタイプだけど、もっと大きくてゴツい。ボクに手渡しながら芳夫が言う。
「これさ」
「これって、まさかこれが……」
「そうさ、コイツが本物のタイムストッパーさ」
「冗談だろ?」
ふふふと不敵な笑い声を上げながら、ボクからゴツい腕時計を取り上げた。左腕に付けながら言う。
「今から俺は、時間を止める。だけど止まるのは、自分の周囲だけだ。だから俺とお前がいつも手をつないで一緒にいたら、お前の時間も止まる。それくらい近くの時間だけを止めることができるらしい。俺はコイツで、永遠の高校生になるんだ」
「でも芳夫……」
ボクは何かを言い出した。何を言い出そうとしたのか、自分でも分からなかった。このままでいいのか? それって正しくないんじゃないのか? そんな気がしていたのは確かだ。
芳夫は、ゴツい腕時計をはめると、何やらボタンらしいものを操作しだした。
「心配するな。俺の時間が止まっても、お前と縁切りするわけじゃないんだから。ま、仲良く頼むぜ、これからも」
そしてボクは高校を卒業。
芳夫がどんな進路を選んだのかは知らない。その後、同窓会に出席しないボクは、芳夫と会うことはなかった。
30年が過ぎた。
「お父さん、今日は同窓会でしたよね」
出かけに妻が言った。50歳に手が届きそうな年齢になると、なぜだか昔が懐かしくなる。今まで出たこともなかった同窓会に、今年は出てみることにした。
午後7時。同窓会の会場は、にぎわっていた。見覚えのある顔が、いくつもある。みんな髪が白くなったり、なくなったりしていた。
芳夫を見つけた。彼は私と同じように、年をとっていた。
「よう、芳夫じゃないか」
「やあ、来てたのか」
会うなり私は、冗談半分で昔の話をした。
「で、結局、時間は止まらなかったってわけだな」
すると芳夫が言った。
「実はあれからずっと、本当に俺の時間が止まっていた。不思議にも高校生だったんだ。だけど、だんだんつまらなくなった。みんなが年をとっていくのに、自分だけ若いのは、やっぱりつまらない。悩んだよ、長いこと。そして機械を止めたんだ。そしたら……」
「そしたら?」私は興味深げに聞いた。
「ツケが回ってきたのさ」
「ツケ?」
「そうだ。あの機械は自分の周囲の時間を止めることができる。でも機械を止めたら、止まっていた時間が流れ出すんだ。それも一気に」
「そ、そんな……。で、いつ機械を止めたんだ?」
「昨日さ。だから今日の俺は、こんなにフケてるけど、頭の中は高校生のままなんだ」
私には、芳夫の言葉を信じることはできなかった。いや、信じたくはなかった。高校生が翌日には50歳手前の男になる。それが、どんなにむごいことか、私には想像もできないのだから。
そして私は、子どものころ祖母に読んでもらった昔話を思い出した。
「乙姫様にもらった玉手箱を開けると、あら不思議。浦島太郎は、真っ白なおヒゲのおじいさんになってしまいました……」
※今回のショートショットは『ffユニオン』に掲載されたものより長めになっています。初めにこれを書き、『ffユニオン』用には短くしました。ここに掲載されたものは、ここでしか読めません。
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