子どもの言う「絶対」という言葉を信じてはいけない。その言葉を口にするとき、彼らは確かに「絶対」と思うのだが、数分後には自分が言ったことすら忘れているのだ。
私が犬の散歩に出かけるようになったのも、この「絶対」から始まった。兄弟三人で面倒を見るという約束で、捨て犬を飼うことにしたのだが、この判断は甘かった。朝夕の散歩は、すでに私の日課になりつつある。
その日も、犬と一緒に夕日を浴びながら、いつもの道を歩いていた。人通りのない田舎道へ入ると、私は犬の鎖を取った。
犬が雑木林へ入っていった。しばらく待つ。彼はすぐに出てきたが、そこに入ったときとは様子が違っていた。口に何か、くわえているのだ。
「何を拾ってきた?」
私がしゃがみ込んで、犬の口元に手をやる。それはうす汚れた女物のサンダルだった。土がびっしりついている。
「こんなもの拾って来るんじゃないよ」
私が言うと、犬はすまなそうにクーンと鳴いた。
翌日も夕方の散歩のとき、犬が昨日の雑木林へ入っていった。待つこと数分。また彼は、何やらくわえてきた。エプロンのようだ。風雨にさらされ、かなり傷んでいる。
「また女物か」
私は独り言を言った。
それから数日、決まって夕方の散歩のとき、犬は何かしら、くわえてくるようになった。サンダル、エプロンの次は靴下、日傘と続いた。
私はだんだん気味が悪くなってきた。いくらなんでも、女性の身の回り品がこれほど落ちているのは妙だ。それも、同じものは一つもない。一人の女性の身の回り品を、犬が順番に運んでいるようにも見える。犬が行く雑木林の中には、それらが集められた場所があると言ってもいいだろう。もしそんな場所が本当にあるとしたら……。背中に悪寒が走った。
五日目、犬が雑木林から白いものをくわえてきた。木のようにも見えるが、左右が丸く膨らんでいる。犬が私のもとへ来たとき、思わず声をだしてしまった。
「な、なんだこれは。骨じゃないか!」
腰が抜けそうになった。
何かが起きている。とんでもない何かが……。このままではいけない。私は犬を促すと、雑木林の中へ入っていった。
そこは、思ったより暗くなかった。夕方とはいえ、太陽のささやかな光が西から差し込む。ただ、足元に雑草が山のように生えており、歩きにくい。私は犬が引っ張る鎖に引きずられるように進んでいった。
しばらく行くと、突然、雑木林がなくなった。そこには民家があった。縁側に小学校四年生ぐらいの男の子がいる。犬は、なんのためらいもなく男の子に近づく。
犬に引きずられるように、少年のそばへ行く。少年はバツの悪そうな顔をしていた。
「おじさんの犬?」
少年が言った。私は、そうだと答えた。
「じゃあ、バレちゃったね」
少年が頭をかきながら言う。
「なんのことだい?」
私は、努めてやさしく言った。少年は、素直な笑顔とともに言った。
「僕がなんだよ。こいつに靴下と日傘をくわえさせたのは」
犬を指さしながら、ゆっくり言った。同時に私の緊張が一気に緩んだ。そういうことか。子どものイタズラだったんだ。
「おじさん、ビックリしたぞ。こんなイタズラは良くないな」
「ごめんなさい。だって僕、退屈で。だれも遊んでくれないし」
それから私たちは、しばらく話をした。少年は素直な性格で、私たちはすぐにうちとけることができた。犬は民家の庭や雑木林を勝手に走り回っている。
帰り際、私が言った。
「それにしても、うちの犬が骨をくわえてきたときは驚いたよ。もしそれが、人の骨だったらと思うと怖いよね」
「骨? なんのこと?」
少年が真顔で言う。私の背中に、また悪寒が走った。な、なんだって? 知らないのか? じゃあ、あれは一体……。
言葉をなくした私を、少年が珍しい動物を見るような目で見る。
大きく深呼吸する。とにかく落ち着かなくては。そのとき犬が雑木林から戻ってきた。口に、何かをくわえている。
サーっと全身から血の気が引く音が聞こえた気がした。犬は、白いボールのようなものをくわえ、意気揚々と私の方へ走ってきた。それは、紛れもなく人間の頭蓋骨だった。
読みもののページ
ショートストーリーを中心に、しょーもないコラム、Mac系コンピューター関連の思いつきつぶやきなど、さまざまな「読み物」を掲載しています。
20世紀に書いたものもあり、かなり古い内容も含まれますが、以前のまま掲載しています。
Copyright Masaru Inagaki All Rights Reserved. (Since 1998)