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母さんトコヤで前髪切断!
ブログ掲載

※このコラムはブログ「てなことで……」に掲載したものです)

 妻が三男の髪を切った。

 三男は今、中学1年生。ご多分に漏れず、息子の学校も服装やら髪型やらにうるさく、特に髪型については、前髪が長いだの、耳にかかっているだのと、いろいろ言われるらしい。私が中学生のころは「男子は丸刈り」と決まっていたので、こういう問題はなかったのだが、今はなにかと大変である。

 基本的には「丸刈り反対」であった私なので、坊主頭にしなくていい現状を「いい状態」と受け入れてはいるのだが、それにしても学校はうるさい。

 そういえば私の中学時代も、女子のスカートの長さがどうのとか、セーラー服のリボンの長さがどうのと言われていた記憶があるが、覚えている範囲では、それほどうるさくはなかったように思う。

 それでも昔は「服装の乱れは非行の始まり」などと言われており、当時まだ10代半ばだった私でさえも「ほんとかよ~」と突っ込みを入れていたものだ。服装の乱れ(どういうものを「乱れている」というかの問題もあるが)が、即非行への入り口とは、とうてい信じることができなかったのである。

 さて、話は三男の髪型である。学校で「前髪が長いから切ってこい」と言われたらしく、先週の日曜日に妻が切ることになった。これまでは近くの理容店に行っていたのだが、私が行かなくなった(5月12日の記事参照)ため、なぜだか息子の足も遠のき、その日も「母さんトコヤでいいや」と言っていた。

 で、夕食後、風呂場に新聞紙を敷いて切り出したのである。

 ところがしばらくすると、妻が血相を変えて私のいる仕事場へ飛び込んできた。

「ど、どうしよう、ねえどうしよう」

 そればかりを繰り返すのだ。

「なんなんだ? 何が『どうしよう』なんだ」

 私が聞いても、おろおろするばかりだ。揚げ句には

「アレじゃあ、かわいそうすぎる」

 などと言い出す始末。

 どうやら息子の髪切りに失敗したらしい。うろたえる妻を尻目に風呂場へ行くと、背もたれのない椅子に座った三男が「女の子」のような顔になっていた。

「お、お前、いったいどうしたんだ……」

 言いながら「聞くまでもないことを聞いてしまった」と後悔した。なんのことはない、女房が前髪を切りすぎたのだ。上部の髪を切っていたつもりが、前部の髪を切ってしまったらしく(髪を持ち上げて切るため)その顔は、まるで昭和初期の女の子だった。横の髪がまだ長めに残っているため、おかっぱのようにも見える(耳は半分くらい見えているが)し、前髪は、生え際と眉毛の中間くらいまでの長さしかない。さらに前髪が弧を描くように切られている。中央に行くほど短いのだ。これでは確かに「かわいそうすぎる」。

 これを見た私は、

「ま、いっそのこと、丸刈りにしてしまったらいいじゃん。父さんと同じになるし」と言った。ところが息子は反論する。

「そんなの嫌だ。角刈りならいいけど……」

 丸刈りも角刈りも、大きくは変わらない気がするのだが、彼にとっても「角刈りはスポーツマンの髪型」のイメージが強いらしく(友達に角刈りがいるらしい)、そう言い切るのだ。

 とはいえ、妻のハサミさばきで、うまく角刈りにできるとは思えない。丸刈りなら私が愛用する電動バリカンがあるから簡単なのだが。

 そうこうするうちに、妻のパニック状態が収まってきた。彼女は言う。

「そうだ、小学校の近くにできた美容院が、確か夜10時までやっているはず」

 そう独り言を口にすると、電話帳を取りに走った。ところが、言うのである。

「ない!」

 それなら104で聞けばいいと受話器を持ち上げるも、NTTの番号案内は「ご登録番号がありません」と冷たく言い放った。

「そんなはずはないわ。だってもうずいぶん前にできたんだから。私、あそこを通るたびに見ているんだから」

 妻よ、そうは言ってもNTTの電話帳データベースに登録されていないんだからしょうがないじゃないか。

 念のため私がインターネットで調べてみたが、該当の店名のサイトはないし、Yahooの電話帳で調べても見あたらない。

 ここまで来て妻は言った。

「私、行ってくる」

 その美容院はクルマで数分の場所にある。電話がダメなら、直接行くしかないと判断したのだろう。なかなかの決断力である。まあ、自分のせいで、息子の髪型を無惨にしてしまったのだという罪悪感からなのだろうが……。

 彼女が出かけて数分後、私のケータイに電話が入った。

「やってくれるって。今からすぐ戻るから」

 それからまた数分後、妻の運転するクルマが、ぶいぶい言いながら戻ってきた。そして瞬時に、おかっぱの出来損ない息子を乗せて、風のように消えていったのだった。

 30~40分ぐらいたっただろうか。今度は落ち着いたエンジン音でクルマが戻ってきた。玄関で出迎えると、まず息子が入ってきた。

「おお、なかなか、いいやん」

 私の第一声に、息子も満足げだ。続いて入ってきた妻が、にこやかな顔で話し始めた。さっきとは、えらい違いだ。

「なかなか若い美容師さんでね。で、腕がいいのよ。美容師さんが言うには『もっと短かったらダメだったけど、これくらい残っていれば、なんとでもなりますよ』だって。ほんと良かったわあ。今度からはあそこへ連れて行けばいいかもね」

 ということで一件落着。当の息子の頭は、数センチの髪がつんつく立っているような髪型になった。パンクっぽいと言えばそうだが、それほど派手ではなく、おとなしめのパンク(なんじゃ、それ)という感じか。これなら「なんだ、その髪型は!」と怒られるようなこともないだろう。さりとて、不格好でもない。ちょっと今っぽい感じでありながら、さわやかさももある。あのどうしようもない髪型から、ここまで作り上げるとは、さすがにプロである。感服である。

 ということで、もう一週間が過ぎてしまったので、髪はしんなりしてきたが、それでもまだ「当時」の面影がある。近日の写真(頭のみ)をアップしたいと思っている。

copyright : Masaru Inagaki(20070616)

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