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焼売と叉焼
 

 巡回しているWebページの一つに「e-NOVELS」がある。作家の我孫子武丸氏をはじめ、多くの作家のみなさんが参加しているページで、PDFによる作品販売もされている。ここで作品を買ったことはないのだけれど、「読物」コーナーが無償で公開されているのでちょくちょくのぞく。

 ここに「食は応酬にあり」というコーナーがあり、毎回二人の作家が食についての蘊蓄やらナンやらを語る。今回(2007年5月8日に更新されていた)のテーマは「豚まん」であった。で、次回のテーマ(予告)が最後に書かれているのだが、そこに「焼売」とあったのだ。

 ここで私は首をかしげた。「焼売? なんだそれ?」

 恥ずかしながらこの文字が読めなかった。

「焼き売りってなんだ? 焼いて売るものか? たこ焼きみたいなものか?」

 とにかく食べるものであることは間違いないはずなので、いろいろ考えてみたが全く分からない。分からないとなると、気になってしょうがない。で「困ったときはインターネット」で(どうせネット上で先の文章を読んでるんだし)、焼売の文字をコピーして、WidgetのWikipediaウインドウに貼り、returnキーを押した。で、「焼売」が「シュウマイ」であることを知った。

 う~ん、本当に知らなかった。どうも、中華料理系の言葉は苦手である。

 そういえば、ずいぶん前のことであるが、「叉焼」も読めなかった。焼き肉屋でのことである。これがラーメン屋なら読めたかもしれない(正しくは「当てられたかもしれない」だが)。当時の私には「チャーシュー」とは、とても読めなかった。

 それは、とある忘年会の席だった。宴の主催者の知り合いの焼き肉屋に集まったのは、30人くらいだっただろうか。いくつかのテーブルに分かれて座り、注文しないのにどんどん出てくる肉を焼きながら、ビールを浴びていた。

 ふと、カベに掛けられたメニュー板を見ると「叉焼」の文字がある。私はナンの疑問もなく「また焼きってなんだあ?」と周囲に聞いた。ところが、みんなそれぞれの会話に夢中で、私の声など聞こえない風である。返答がないので諦めかけたとき、近くに座っていたカメラマンが言った。

「また焼きって……。チャーシューでしょう。頼んますよ。ライターさんがそんなこと言って……(笑)」

 彼は、私をからかっているように見えた。満面の笑みの中で、目が「おいおい」と言ってる。「本当に間違ったのか? ネタか?」と伺っているようにも取れる目だが、どちらかといえば、酔いに任せて私の無知をからかっているようにも見えた。それはとても優しい目だった。

 指摘を受けた私は、曖昧に笑った。「知らなかった」と言うのもなんだか照れくさいし、「もちろん知っていたとも。今のはネタさ」というウソは、とてもつけなかった。で、仕方なく曖昧に笑った。

 このカメラマンのお陰で、私は叉焼という文字を覚えた。ありがたい話である。でも彼は、もういない。数年前、癌で逝ってしまった。40歳になるかならないかぐらいの年齢だったと思う。

 今でも私のケータイには、彼の番号が入っている。かけてもつながらないことは分かっているが、なぜだか削除する気になれない。あれから二度ほど機種変更をしたが、そのたびにアドレスの「丸ごと移動」をしてきたため、ずっと残っていた。たまにアドレス帳の中でその名前を見ることがあるが、やはり消せずにいる。

 焼売の文字が「シュウマイ」と読むことを知ったついさっき、同時に彼のことを思い出してしまった。焼き肉屋での思い出が、今でもありありと眼前に浮かんでくる。彼は今、あっちでうまくやっているのだろうか。ちょっと心配だが「きっと大丈夫だ」と、根拠もなく思ってしまう。私に「おいおい」と言ったあの目が忘れられないからだろうか。

copyright : Masaru Inagaki(20070508)

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