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ミニストーリー
マイタウン安城 (23)
いつのまにか安城人
稲垣 優

 お隣の吉田さんの子と、なんとか話せるようになった私たち。次は両親だ。

 多忙な吉田夫妻だが、ある夕方、私は偶然ご夫婦を見かけた。会社帰りのバスが一緒になったらしく、並んで帰ってきたのだ。

「今晩は」

 私は愛想よくあいさつをした。吉田夫妻は無言で会釈を返した。次の朝、早起きして外へ出た。ちょうど吉田夫妻が出かけるところだった。

「ご出勤ですか?」

 また声をかけた。奥さんが「ええ」と言った。次の朝も夫妻に声をかけた。夫妻の表情は、最初より柔らかくなっていた。

 こんなことを一週間ほど続けた。いつのまにか朝のあいさつは、当たり前のことになった。そして、土曜日。雑談のあとで、夫妻にこう言った。

「実はうちで皆さんと、料理作りをしているんです。よかったら、いらっしゃいませんか?」

 吉田夫妻は、少しだけびっくりしたようだ。しかし隣人の、それも最近よく話をする私に対して警戒心はないらしく「いいんですか?」と言った。

 翌日の「料理教室」は盛り上がった。「犬のえさ忘れ」で知り合った斉藤さんは、吉田さんの奥さんと意気投合。大根の面取りについて討議を始めた。そこにバンド大好きの横山さんが加わる。私の姪(めい)も乗ってきて大騒ぎだ。

 わが家の狭いリビングでほほ笑む吉田夫妻を見て、私は、息子の学校で知り合ったお父さんたちにも、吉田さんを紹介してあげようと考えた。そして思った。私はもう「安城人」になれたのではないかと。料理を通じて人の輪が広がり、今度は隣に引っ越してきた吉田さんの「安城入り」をお手伝いしてしまったのだから。身近なことから始めたのが正解だったようだ。

 「マイタウン安城」この言葉を今、とても自然に感じている。

(終)

copyright : Masaru Inagaki (『風車』51号掲載 1992.8.12執筆)

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