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ミニストーリー
マイタウン安城 (5)
もっとしゃべりたい
稲垣 優

 西、東と安城市内を探検してきたが、今度は北へ行ってみることにした。出発点は、いつものとおり市役所前。北へ北へと進む。道は広くて快適だ。周囲には民家、工場、車のディーラーといろんなものが見える。やがて太い道と交わった。国道1号線だ。

 走行中、息子はやたらにしゃべっていた。大きな建物を見付けると「あれは何?」。工場だと答えると「何を作ってるの?」。太めの道にぶつかると「これも国道?」。とにかくうるさい。私も妻も、うんざりしてきた。大声を出す息子に「ああ」とか「さあね」と適当に返事をしていた。

 そのうち息子の言葉が減ってきた。「どうした?」ときくと「べつに」と答える。そのとき私は、三十年近く前の自分を思い出した。

 私も息子ぐらいの年齢のころ、父にいろいろ質問したものだ。初めのうちは何とか答えていた父も、そのうち面倒になって適当な返事しかしなくなった。揚げ句の果てには「自分で考えてみなさい」と言った。そんなことが何度かあって、私は質問をしなくなった。今でも「自分で考えてみなさい」と言われたときの言うに言われぬ寂しさは、忘れることができない。私はただ、大声で、どうでもいいことをたくさんしゃべりたかっただけなのだ。

 バックミラーの中の息子を見る。黙り込んで流れる風景を見ている。そこで私は大声で言った。「さあ昼飯にしよう。よさそうな店を見付けたら、大声で父さんに教えてくれよ」娘は元気に「ハーイ」と言った。妻は「よーし」と言った。そして息子は、かすかに口元で笑った。私には、それだけが救いだった。

copyright : Masaru Inagaki (『風車』33号掲載 1991.2.8執筆)

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