交通事故で死に、幽霊になったレイコは、毎日が退屈で仕方がなかった。
現世に思いが残っていると、成仏できずに幽霊になる。自分が幽霊になったのはそのためだそうだが、残った思いが何だか分からない。
幽霊になってからは、毎日あたりをぶらぶらしている。自分の家へ行ったが、両親の顔を見ていると悲しくなり、そうそうに逃げ出してしまった。
通っていた高校の近くでサトミに会った。彼女は「見える」人というウワサだったが、レイコに全く気づかない。「見える」ってのはウソだったのだ。自分のことに気づいてくれる人がいたら、うれしいのに……。
数日後、バスケット部で一緒だったマチコに会った。どうせまた見えないのだろうと思って歩いていると……。
「レイコじゃないの。久しぶりねえ」
死んだ人間に対して「久しぶりねえ」はないものだ。レイコが不審な顔をしていると、マチコが続けた。
「あ、そっかあ。レイコは私のこと、知らなかったのね」
どうやらマチコも死んだらしい。しばらく話したあと、マチコが言った。
「ねえレイコ、あなた、暇?」
暇なら売りたいほどある。レイコが「まあ」と控えめに言うと、マチコが「実は頼みがあるの」と言った。
マチコが成仏できないのは、恨みたい人がたくさんいるから。そいつらを脅しに行きたいが、数が多いので、自分一人では回りきれない。そこで代わりを務めてほしいというのだ。
「私が代わりに脅してもいいの?」
レイコが素朴な疑問を口にする。
「いいの、いいの」マチコは軽く答えた。「女子高生の格好で寝室に現れればビビるはずだから。あ、そのときは相手にも見えるからね」
ということでレイコは、同級生の田上アキオの家へ行くことになった。
深夜、アキオの部屋へ忍び込む。アキオはベッドに入ったところらしく、まだ目を開けていた。
なるべく顔を見せないように、ゆっくりと近づく。
瞬間、アキオの目がこちらを見た。大きく見開かれ、驚いているのがよく分かる。ところが次第にやさしい目になっていった。
「レイコ、レイコちゃんだよね……」
アキオの言葉にレイコが引く。自分だと分かってしまってはいけない。今日は代行で来たのだから。
「本当にレイコちゃんだ。君が死んだとき、どうしたらいいか分からなかった。気持ちを伝えたかったのに……」
驚いたのはレイコだった。まさか、アキオ君がそんな風に思っていてくれたなんて……。男子バスケット部のキャプテンで、レイコたちのあこがれだった。自分も思いを寄せていたが、自分なんか……と思っていた。
そして二人は、夜が明けるまで、楽しく語り続けた。
窓の外が明るくなったころ、レイコが自分の手に目をやると、向こうが透けて見えた。同時に体が上昇しだす。「これ、もしかして……」
どんどん上昇していくレイコをアキオが見上げている。天井を抜け、明け方の空へとぐんぐん昇っていくレイコ。その顔は安らぎに満ちていた。
アキオの家の前で、マチコも見上げていた。そして言った。「よかったね。残っていた思いが何だったか分かったでしょ。これで成仏できるわ」
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