ケータイに入ったメールは、吉本大輔からだった。「面白いもの見せてやるよ。これから《ダヤン》に来ないか?」
《ダヤン》は、僕らのたまり場みたいな店。一応イタリア料理店らしいが、イタリアの大衆食堂かもしれないと思わせるような、まあ言ってみれば気のおけない店なので、自然に仲間が集まるようになった。
メールに「すぐ行くよ」と返信を打ち、レンタルビデオ屋から出ると、僕はバイクにまたがった。どうせ暇してるんだ。ビデオ屋へは、またあとで来よう。
《ダヤン》に着くと、マスターがいつもの愛想笑いをしてくれた。テーブルが六つあるだけの狭い店内を見渡すと、いつもの一番奥のコーナーに大輔がいた。
「よう、なんだよ、面白いものって」大輔の向かい側に座りながら僕が聞く。
「早かったな。バイク、飛ばしてきたんだろ。よっぽど暇なんだな」大輔だ。
「うっせーなー。それよか、なんだよ。じらすなよ」
「相変わらず気が短いなあ。じゃあ、見せてやるよ。これさ」
大輔がテーブルに上げたのは、一台のカメラだった。結構大きく、前方に薄い板か何かが出てくるような隙間が見える。
「なんだ、ポラロイドカメラかよ」
僕がつまらなそうに言う。
「そうじゃないんだな」大輔がバカにしたように言う。「一見ポラロイド。確かに写した瞬間に写真が出てくる。でもな、これ、十分後を写すカメラなんだ」
「十分後を写すだって? そんなバカな」
「信じられないだろうな。じゃあ試しにお前を写してやるよ」
「ちょっと待てよ。ホントに未来が写るのか?」
「もちろん」
「なあ大輔。それってちょっと無理があるんじゃないの? 例えば、十分後に俺がトイレに行くとする。でも実際は、何かの具合で行かないかもしれない。そういうのをどう予測するわけ?」
「だからあ、そういう風に考えるんじゃなくて、カメラだけが十分後の未来へ行って、そこを撮影したら戻ってくると考えればいいんじゃないのか?」
「カメラだけがタイムスリップする?」
「ああ、そうとしか考えられないんだ」
「とかなんとか言っちゃって、実はマジックの種があるんじゃないのか?」
「仕掛けはないさ。これは正真正銘の『未来カメラ』なのさ」
「すげーネーミングだな。二十二世紀の猫型ロボットが持っていそうな道具だ」
僕が笑う。その顔を狙って、大輔がシャッターを切った。
ウイーンという音と共に、レンズの下の隙間から写真がせり出してきた。それを手に取った大輔はニヤニヤしている。ポラロイドと違い、すぐに感光するようだ。
「どうやらお前、十分後にプレゼントをするらしいな」
「プレゼント? 誰にだよ」
「相手は見たこともない女だぜ」
「そんなバカな」
大輔の手から写真をひったくろうとしたとき、店のマスターが近づいてきた。
「ちょっと手伝ってもらえない?」
「どうしたの、マスター」僕だ。
「お客さんがトイレから出られなくなっちゃったみたいで」
早速、大輔と二人でトイレへ向かう。男女兼用の小さなトイレのドアをノックすると、中から声が聞こえた。
「すみません、ドアが開かないんです」
僕がマスターに「ドライバーか何かないの?」と聞いたが、そういう道具は置いてないという。仕方がない。
「どいてろ! ぶち破る」僕が言った。
「やっぱり気が短い」大輔が言った。
「せーのー」
かけ声と共にトイレのドアを蹴る。案外簡単に壊れた。隣でマスターが「やれやれ」という顔をしたが、ま、いいじゃないか。客を助け出すのが先決さ。
トイレから出てきたのは、OL風の女性だった。僕に何度も礼を言い、マスターに何度も謝り、そして自分の席へ向かった。
彼女がテーブルへ向かったとき、僕はトイレの床に赤く光るものが落ちているのに気が付いた。拾い上げると、ルビーのイヤリングだった。きっとあのOLが落としたのだろう。
店内を見渡し、彼女に近づくと、光る物体を渡した。
「これ。トイレに落ちてたけど」
「あ、どうも。ありがとうございます」
そのとき、後ろから大輔が僕の肩を叩いた。そして「これ」と言ってさっき撮った写真を見せた。そこには確かに、僕がOLにイヤリングを渡すところが写っていた。
「だろ? この『未来カメラ』は本物さ」と大輔が言った。
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