弘二は、さっきから尾行に気づいていた。
「しつこいんだよ、あいつは。もう、いいかげんにしてもらいたいよ」
黒いフチのメガネに化粧っけのない顔、おまけに髪を後ろで束ねるいつもの格好だ。誰だってあいつと分かるさ。
弘二の後をずっと追っているのは、真由美だ。中学の同級生で、先月まで付き合っていた。20歳になるまで付き合ったんだから、もういいだろう。弘二は真由美を、うとましく思いだしていた。
バイク屋の角を曲がる。いつものコンビニは目の前だ。真由美はまだついてくる。いいかげんにしろ。弘二のイライラは高まる一方だ。
振り返って怒鳴りつけてやろうかと思ったが、やめた。そんなことで、おとなしく引き下がるようなヤツじゃない。あいつは思い込みが激しいんだ。よほどのことがなければ、尾行なんていうケチなことをやめないだろう。
コンビニの前まで来る。毎日通ってる店だが、今日はいつもとちょっと違う。コーラの自販機の前に、見慣れない女がいた。結構かわいい。瞬間、弘二の頭にプランがひらめいた。
女の前で立ち止まる。後をつけてくる真由美に聞こえるように、女に向かって大きな声で言う。
「なんだ、早かったじゃないかまだ約束の時間まで30分もあるんだぞ」
突然なれなれしくされた女は、驚いた顔をする。すかさず弘二が小声で言う。
「おかしな女につきまとわれてんだ。悪いけど、ちょっとだけ恋人のふり、してくんない?」
女が真由美をちらりと見る。すべてを理解したようだ。小さくうなずくと、甘えた声を出した。芝居を始めたのだ。
「だって、家に一人でいても、つまんないんだもん」
いいぞいいぞ、弘二はわくわくしてきた。この女、なかなかやるじゃないか。
「今日は、どこへ行こうか」
「どこだっていいわ。あなたが連れてってくれるんなら」
もう完璧だ。
女は黒いミニスカートをはいていた。化粧が少し濃いが、年は弘二と同じぐらいだろう。シルクのブラウスが、大人っぽい印象を与える。いつもジーンズ姿の真由美とは大違いだ。もちろんメガネは掛けていない。髪は肩まで届くセミロングで、軽くソバージュがかかっている。弘二の好みのタイプだった。
弘二は女と一緒に歩き出す。女が弘二の腕に自分の腕を絡めてきた。いいぞいいぞ。ニヤニヤしながら振り向くと、ポストの陰で真由美が立ち尽くしている。ハンカチで目頭を押さえていた。
ざまーみろ、分かったか。俺にはもう、おまえなんか必要ないのさ。おまえは用済みだ。弘二は無言で真由美に言った。
ミニスカートの女としばらく歩いてから、そっと振り向く。もう真由美はついてこなかった。やれやれ、やっとやっかい払いができた。弘二は、胸をなで下ろした。同時に、今まで芝居をしてくれていた女のことが気になった。せっかく知り合いになったんだ。このままサヨナラってのは粋じゃないよな。弘二は舞い上がっていた。これを機会に、このかわいい子と付き合えたらどんなにいいだろう。そうなれば……。うっとうしい真由美を追っぱらったうえに、新しい恋人の誕生だ。なんてラッキーなんだ。そうだ、このチャンスを逃す手はない。今この子は、芝居とはいえ、俺の腕に身を預けているんだ。もしかしたら俺に気があるのかもしれないじゃないか。
盛り上がった弘二は、思い切って女に言った。
「これから遊びに行こうか」
すると、それまで楽しそうに弘二にじゃれついていた女が、突然立ち止まった。絡めていた腕をさっさとはずすと、弘二の前に進み、力の限り頬をひっぱたいた。
「いてっ! 何すんだよ」
それには答えずに、女がバッグからメガネを出して掛ける。ティッシュで口紅と頬紅を取る。髪を後ろで束ねる。
「あっ、真由美……」
弘二をにらみつける真由美。のどの奥から声を絞り出すように言った。
「あんたなんか用済みよ!」
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