電話が鳴った。奥野良治は、眠い目をこすりながら受話器を取った。日曜の午前中に電話してくるなんて、非常識にもほどがあると毒づきながら。
「もしもし――」
相手は「もしもし」とは言わなかった。
「一回しか言わないから、よく聞け」
受話器の中で相手がすごんだ。低音がすきっ腹に響く。奥野が言葉を出そうとすると、遮るように相手が言う。
「黙って聞くんだ。言っておくが、警察に知らせたら、子どもの命はないからな」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。あなた、一体――」
「うるせえ。喋るのは俺だ。今日、午前十一時に、山の上公園に来い。いいか、一人で来るんだぞ。もし来なかったら、子どもを殺す。警察らしい者が来ても殺す。いいか、判ったな」
返事も聞かずに電話が切られた。
奥野には、何のことだかさっぱり判らなかった。話の内容からすると、誘拐犯人からの脅迫電話のようだ。しかし奥野には、子どもどころか女房すらいない。卒業を間近にして、就職活動まっただ中の身なのだから。
とにかくこれは、間違い電話なのだ。自分には関係ない。そう思って忘れようとする。そのとき、あの低い声が耳の奥で響いた。
「もし来なかったら、子どもを殺す」
奥野の動きが止まった。
相手は間違い電話をかけたとは思っていない。ということは、誰かが一人で来るのを待っているわけだ。もし誰も行かなかったら……。また低い声が響いた。
「来なかったら、子どもを殺す」
反射的に時計を見る。十時を少し回っている。山の上公園までは、車で四十分以上かかる。
大急ぎで着替えると、財布をポケットにねじこみ、外へ飛び出す。表通りで流しのタクシーをつかまえ、山の上公園へ向かう。公園に着いたとき、時計は十時五十五分をさしていた。
ゲートをくぐり、左右を見渡す。噴水の近くに、背広姿の男がいた。奥野を見て近づいてくる。あいつかと思う。子どもはどこにいるのだろうと、ふと思った。
男は奥野の前まで来ると、上着の内ポケットに手を入れ、茶色の封筒を出した。そして、すきっ腹に響く声で言った。
「第一次試験は合格です」
渡された封筒には、奥野が採用試験の願書を出した私立小学校の名前が印刷されていた。
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