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ミニストーリー
マイタウン安城 (19)
心の充電をする
稲垣 優

 わが家の料理教室の生徒横山さんのパーティーは、思ったより地味だった。音楽は想像していたほどやかましくなく、食事もおつまみ程度だった。それなのに会場に集まった人たちは、なぜか盛り上がっていた。ひとみを輝かせ、近くにいる人と声高に話している。その雰囲気は、私には初めての体験だった。

 私は、隣の丸テーブルから聞こえる男女二つの声に耳を傾けた。古くからの知り合いといった感じだ。

 会話は、熱を帯びたものだった。断片的に、デンドロなんとかとか、コチョウなんとかといった言葉が聞こえてくる。どうやらこの二人、洋ランに熱中しているらしい。二人は、ほかの丸テーブルの人々と同じように、ひとみを輝かせ、声高に話していた。熱中するものがあると、人は生き生きしてくる。

 疲労した体に休息が必要なように、精神にも充電が必要だ。趣味は、それを実現してくれる。自分にとって楽しい時間を過ごした後は、人との会話がすんなりできるし、人に優しくなれる。面倒だった庭の草取りも、やる気になるから不思議だ。趣味は、毎日の生活になくてはならない「心のゆとり」を作り上げてくれるようだ。

 ステージの上では横山さんが、陶酔したような表情でエレキギターを弾いている。明日の朝、横山さんの目覚めは、いつになく快いものだろう。私は、うらやましくなった。

copyright : Masaru Inagaki (『風車』47号掲載 1992.4.14執筆)

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